チャゴス、隠されたる大器晩成
さて、ドラクエ8をプレイされた人の95%くらいは、サザンビーク王室嫡子・チャゴスを暗愚、沐猴(もっこう)にして冠す器だと思っただろうか。
チャゴス王子は父クラビウス帝、伯父エルトリオ献太子にも似てにつかぬ程の情けなさと姑息な小人物のように描かれている。 しかし、鷹嶺的には彼のことを、「この様な小人物にミーティア姫は相応しからず」という理由は勿論、この人間性をして好きになれないどころか、ある意味で非常に親近感があり、私を含めて極めて現実の現代人に近い人物像に思えた。当然、鷹嶺はチャゴス王子の人となりは好きである。
IMG0052s.jpgチャゴス王子が嫌いと思う人は、きっと彼こそ自分の映し鏡のような存在だからなのである。少なくても、人間誰でも命が惜しく、今現在を維持しつつ心の何処かで名声を上げ人々の歓心を買いたいという賤しい心を抱く物だろう。
チャゴス王子は、理想や綺麗事が並べられた主人公たちや世界観からすれば実に異質に見えるのだろうが、もしも現実に彼が存在したとしよう。きっと、彼を異質とは思わないはずだ。なぜならば、彼こそ現代人の平均的な姿。勧善懲悪、美談に晒されたDQ8の世界の中で、唯一ありのままの私たちの姿をこの世界に具現化させてくれているのではないだろうか。
 
IMG0053s.jpg彼は三国蜀漢の後主劉禅や南北朝陳の陳叔宝とは明らかに違う。
少なくても王室嫡流としての気概はある。チャゴス王子は前述の暗君とは違って、亡国の主君であるとは思えない。一応、王家のしきたりに立ち向かう意識がしっかりとあったのは、酒色や闘犬に溺れぬだけでも充分だ。
王族の威光を傘にするとは言うが、政を権臣に一任して国家を廃れさせるほどとは思えない(彼のようにある程度プライドの高さがあれば、大丈夫である)。
まあ、傍若無人ぶりもミーティアが馬姫と知らぬのならばご愛敬に等しい。EDでの美姫への決めぜりふを見れば、少なくても女性に暴力を揮うような、男として失格な腐った人間ではないことがわかる。

ククール曰く「奴は性根が腐っている」とは言うが、そりゃあ、世界を救う旅を続けているあなた達にして見れば、目の前のことで手一杯な凡庸な庶民のことはそう見えるのでしょうけどね。

IMG0055s.jpgチャゴス編の最後に彼がアルゴンハートをすり替えたことについても、多くの人はふざけるなとか、卑怯だとか思うだろうが、人間なんて所詮はそんな小さな見栄を張るものであろう。
全てを諦めて友人も失くすような世捨て人、投げやりな性格の人間は別として、人というのは、他人から良く見られたいという欲求は常にあるものだ。まあ、一国の君主としての裁量はともかくとしても、人間・チャゴスを真っ向から嫌いにはなれず、むしろ彼の姿に自分を映してみれば、案外自分に似ていて親しみを感じる訳がここにあるのだ。
チャゴス王子が嫌な人、もう一度、今までを振り返って、自分と較べてみればどうだろうか。
彼とは全く違うと一概に言い切れるのならば大したものだろうがね。
さて、一応ブログへのお礼です