◆岩手県公認同人誌、震災後の本県を綏撫す

岩手県一関市出身・在住の漫画家・飛鳥あると氏が「ゴーガイ!岩手チャグチャグ新聞社」を刊行してから、岩手県は達増拓也知事の肝煎りによって、漫画等の サブカル分野における発進力に力を注いできたと言える。
奇しくも2011年3月11日に発生した、東日本大震災以降、東北地域は震災復興後の戦略構築に日々齷齪する一方、こうしたサブカルチャー方面での文化的 発展・発信力はすっかりとなりを潜めているような気がする。
まあ、それでも同年5月初旬には、岩手県としては悲願であったとされる平泉の世界遺産登録に関する、ユネスコの諮問機関ICOMOS・国際記念物遺跡会議 が登録勧告を発表、同年6月の本登録に向けて大きな山場を越えたという。震災復興に託けた情緒的な雰囲気を感じつつも、同じ岩手県人として個人的には登録 への大きな前進は喜ばしい限りではあった。

さて、話は逸れたが、今回のコミックレビューである「コミックいわて」は、先述の飛鳥あると氏を始めとする、吉田戦車・池野恋、神田♥ジョセフィーヌ、そ のだつくし氏ら岩手県出身・在住の漫画家が連名寄稿した、岩手県公認のコミックアンソロジーとして日本全国で発売されている。
まあ、個人的にはドラゴンクエストなどのアンソロジーで活躍されている、岩手県北出身・結城まさのへ氏、鷹岑の家の近くに在住している『ゴルゴ13』の作 者さいとう・たかを氏が参加されていないことは残念ではあったが。

東日本大震災の前にレビューを上げるつもりだったが、奇しくも今になった。このアンソロジーが、岩手県の被災地を含めた県人の綏撫たらん作品になっている と言っても過言ではない。別に鷹岑は岩手日報社の手先でも何でもなく、販促宣伝するわけでもないが、このアンソロジーは必読の価値ありだ。是非、一度手にとって読んでみて欲しい。
コミックいわて ▼コミックいわて
個人的な評価★★★★

岩手日報社刊。第1刷は2011年1月29日、第2刷は震災直前の2月19日と記載。第2版が出荷されたことで、岩手日報社はこのアンソロジーが全国的に売れていると 言うことを強調した。
岩手県人が読むという感覚では無く、岩手県の知名度向上をコンセプトに編纂されているので、ガイダンス的な要素が非常に強い内容となっている。
また、いわゆるアキバ系サブカルチャーに代表される、いわゆる『萌え絵』と呼ばれる画風は無く、一般少女誌、一般雑誌等に掲載されているポピュラーな絵柄 が殆どであり、万人全世代に受け容れられることを狙いとした、中庸的な作画を目指したと言えるだろう。そう言う意味でアクがあまりなく、公共の場の待合室 や乗り物の中で読んでていても抵抗感は全くない。
漫画作品のストーリーそのものはファンタジーが多く、各作品のキャラクタやアトモスフィアが、そのまま岩手県のイメージというわけではない。連盟作家陣が豪華なのが特長。

■風のおくりもの ~ 池野 恋

現代版・風の又三郎。宮澤賢治の童話をモチーフとしたファンタジー。舞台は花巻市。内気な主人公の菊池佑介という少年が、謎の少年・サブローと風に乗り空を散歩、空からの景色の雄大さに感化され心を開いてゆくというハートフルな話。
サブロー少年がどうみても女の子にしか見えない(笑)

宮澤賢治の伝記にも登場する北上川のイギリス海岸は、花巻市内の旧朝日橋の手前から行くことが出来るが、この物語で描かれるほど現実はさほど美しいわけで はないらしい。その上、水かさが低くなければその地形を拝することが出来ないので、見るのならば、日照り干ばつといった、川の水かさが少ない時の方がいい という。
作者・池野氏は鷹岑の家からはそれほど遠くはない。中学校のすぐ近くだが、鷹岑は行ったことは勿論ない。姉が、昔遊びに行ったことがあったという。

■ジョセチャリing ~ 神田♥ジョセフィーヌ

そのタイトル通り、盛岡市盛岡駅から自転車で一通り回れる市内の観光案内漫画。ストーリー性はない。作者・神田氏主眼のプレイスポットを端的に紹介さている。

注釈すれば、盛岡市内は車でのアクセスは非常に困難を極めると言ってよい。休日は人の数よりも、道路状況がよろしくない(とにかく狭いし、一通が目立つ) ので、神田氏の指摘するように、盛岡駅からまあ自転車はともかくとして、徒歩で散策される方が無難であることには違いがないだろう。細かい店舗のことに関 しては知りませんが、「大通り佐々木電気」という県内音楽販売の基幹店がこの前つぶれたそうな。震災後に倒産した「中三盛岡店」と共に現実の盛岡は厳しい 状況。

■かもしか温泉 ~ とりのなん子

「この作品の良さが解らなければ通じゃない!」と叱責されれば鷹岑は全然『通』じゃないだろうなと諦めてしまうほどに、ある意味シュールな羚羊が主人公の サイレンス作品。舞台は直接言及されていないが、北上市西部の夏油(げとう)温泉か、岩手宮城内陸地震から復興した須川高原温泉あたりかと推察。タイトル 通りの「かもしか温泉」となると、宮城県に位置するからである。
一見では岩手県を舞台にしているとは理解しがたく、最後に登場するおじさんの方言が、それらしいのかなとは思うが、ストーリーそのものについては、別段岩手じゃなくてもいいんじゃね? と言うのが正直な感想である。

■幸来来 ~ そのだつくし

「さっこら」と読む。盛岡の夏祭りである「盛岡さんさ踊り」がコンセプト。
41歳になる主人公・照井が、今までサボっていた同窓会に出席したことや厄年ということが切っ掛けでさんさ踊りに参加しようという事から始まる。
マンネリ化していると思われていた夫婦仲が、さんさに取り組む主人公を通して、今まで以上に絆を強め、リア充そのものになっていった、というものである。

注釈すれば、「盛岡さんさ踊り」は正直、青森の「ねぶた・ねぷた」や、山形の「花笠祭り」、宮城の「仙台七夕」と比較すれば知名度や華美的には劣るとされ る。だが、祭り期間中はそれ相応に混雑はするが、観覧するには時期的に寒いのが難である。どんな祭りでもそうなのだが、こういうのは観るよりは、物語の主 人公達のように、参加する方が10倍楽しいものだ。

■0歳児、北へ ~ 吉田戦車

奥州市出身のショートギャグマンガの巨匠・吉田戦車氏による、家族・地元紹介漫画。とあるでっち上げ事件で一躍有名になった胆沢ダムも紹介されている。

注釈すれば、奥州市(旧胆沢町)の遥か西部に石淵ダムがあり、胆沢ダムはその付設である。それ以西の国道397号線は、秋田県東成瀬村に通じ、須川高原へ の秋田側ショートカット路して鷹岑はよく使った記憶がある。道路の工事や損壊も結構目立つところであり、岩手宮城内陸地震以後は通った記憶は無い。

■メドツ日記 ~ 佐藤智一

遠野市土淵のカッパ淵を基軸としたファンタジー。東京から母親の故郷・遠野にやってきた主人公・栞が、人間の言葉(遠野弁)を話す亀の姿をしたカッパを拾 う。東京に戻った栞とカッパ。やがてカッパが東京に来た理由を話し、東京よりもやはり故郷の遠野がいいと話し、帰って行く。
主人公の栞が、初めは少年かと思った。池野恋氏のサブローとは正反対で紛らわしい(笑)

注釈、カッパ淵は幹線道路沿いでは無く、民家の間にあるような車一台分の車幅程度の細い道を行った先の寺社の境内にあり、イメージしたほど大きなものでは なく、本当にこぢんまりとした淵、池、堀のようなものである。NHKの朝の連続ドラマなどでも舞台となったことで全国的に有名になり、田舎の小さな寺の境 内に似つかわしくないほどの人混みにさらされている。

■バンカラの恋 ~ 地下沢中也

ギャグマンガ。岩手県立花巻北高校を始めとする、岩手県の高校応援団にある風習・バンカラの少年を主人公にしたラブコメギャグマンガ。どこの高校が舞台と いう設定はないみたいだ。ちなみに、バンカラとは何ぞやという人からすれば、この作品のどこが岩手なのかという疑問も強く残る。
個人的には、「ダウニーはバンカラにそぐわないと思うわ!!」でコーヒーを吹いてしまった(笑)

■キリコ、閉じます! 奥州阿弖流為異譚 ~ 飛鳥あると

鷹岑的には今アンソロジー中で一推しの作品。『江口キリコ … 新井里美/小林真帆 … 三瓶由布子/アテルイ … 藤原啓治』という配役イメージを咄嗟 に思い浮かべたほどに完成度の高い作品である。タイトル通りに蝦夷の英雄・アテルイを基にしたファンタジーで、内気で寡黙な主人公・キリコは霊が見える体 質。幼馴染みの真帆と再会したものの、その性格・体質から打ち解けられない。クラスメイトと真帆に促されて呼び出した霊は、アテルイだった。アテルイはキ リコのお陰で霊たちが浄土に行くことが出来たと礼を言い、真帆が自分の子孫であると話す。

飛鳥氏の舞台設定は、直接的な地名がない。ゴーガイ!岩手チャグチャグ新聞社でも、舞台は架空都市であり、岩手県をベースとした物語と言うには若干の違和感がある。しかし、丁寧な作画と短編ながらしっかりとしたストーリー構成は高い評価が出来る。

平成マンガ家実存物語おはようひで次くん!特別編 ひで次くん山へ! ~ 小田ひで次

連載紙の出張版か。鉛筆画デッサンタッチの非常に独特な画風で幻想感を際立たせている。タイトルの通り、岩手県の名峰・岩手山をテーマとしたファンタジーである。作者小田氏の主眼から捉えた、県北の風俗が紹介されているのも特徴。
最後の巨大化お母ちゃんはびっくりした(汗)

岩手山は山の稜線が特徴で県北側から見た時と、県南側から見た時で、片側の稜線が非常に美しい曲線を作ることで有名で、別名は「南部片富士」と言う。作中 で小田氏は盛岡側から見た岩手山のイメージをごつごつとして荒々しいと表現しているのだが、厳密に言えばどの方角から見ても同じと言えば同じである。

■イーハトーブを歩く人 ~ くどうよしと

2010年いわてマンガ大賞受賞作。宮澤賢治ゆかりを中心としたファンタジー。賢治ゆかりの場所を訪れた観光客や住民たちが、宮澤賢治とそっくりの人物を 見る。そして賢治の教え子であった宮野孫次郎の前に現れた賢治が、「イーハトーブを散歩したかった」と言い、孫次郎の前から消える。

シンプルながらも読後にじわりとくる感動は岩手県、とかく宮澤賢治の地元・花巻在住ならではなのだろうか。マンガによくある一気読みでは無く、何度も繰り 返して読んでみれば、染みわたるような感動を覚える作品である。最後に渋民の看板を見ている人に声を掛けてきたのは……。というラストも何故かいい。諄い セリフがなく、単純で短いセリフ回しが特徴的な絵柄に合致している。さすがはマンガ大賞受賞作品だろう。