ぱすてる長命の秘訣~小林俊彦氏と瀬尾公治氏、同郷作家の分岐点とは

ぱすてる 29巻■ぱすてる 第29集
評価★★★★★

尾道を舞台として主人公・只野麦、ヒロイン月咲ゆうを基軸に展開されるハートフルラブコメも29巻目に突入。
まったりとした感覚で進められる同作は麦・ゆうの二人がゆっくりとマイペースに成長して行くというコンセプトを堅守し、大波瀾というような要素がない。小 林氏の地元の名勝・尾道の景観を作中においてよく強調され、登場人物達もその世界観に逆らわず順応しながら、強い絆で結ばれた関係を描き、読後の清涼感に 事欠かないのが特徴である。
ぱすてるの長命の秘訣は、正・準のレギュラー陣がしっかりとそれぞれの役割を果たし、主人公たちの関係に必要以上に介入するという摩擦の少ないところにあ る。相関関係の歯車がきちんと機能し、上手く回転しているので、尾道という狭い舞台の中であってもネタに事欠くことはないのである。

しかし、連載開始から十年近くに至りつつある中で、物語上の時系列もある程度進めなければ、時代の流行・風潮を取り入れたときに矛盾が発生してしまいかね ない(つまり、第10巻前後と第29巻の時系列がほぼ同じなのに、韓流アイドルが登場したり、スマートフォンなどの最先端機器が出たりするのはおかしいと いう話になる)。
麦・ゆうのゆっくりとした成長というコンセプトは大事ではあるが、いつまでも春夏の尾道、高校生のままの設定では、読者も飽きが来る可能性も否定できな い。ただ、ハートフルヒーリングというジャンルに特化したラブコメとしてみれば、十年近く不変の位置にあって堅実な連載を続けられていると言うことは、率 直に高い評価をしてもいいだろう。

決まったメンバーでやりくりするから安定感がある

言葉を悪くすればマンネリ、ネタ切れ、堂堂回り。いやはや言いたい放題ではある。しかし、安定感という意味からすればそれに優るものはないのである。
ぱすてるのマンネリはそう言う見方からすれば本当に表彰ものである。やっていることが一桁巻からあまり変わりない。ひとつ大きな動きがあったとすれば、麦とゆうがやっと恋人同士になったと言うことくらいだ。
ゆっくりとしたマイペースながら、キスを交わすのもそこそこで今に至る。同じ広島の出身の漫画家・瀬尾公治氏のラブコメ・君のいる町のストーリー展開をぱ すてるに求めるとするならば、単行本200集はゆうにくだらないだろう。それほど、この作品はゆっくりとした流れなのである。

主人公・只野麦、ヒロイン・月咲ゆう。ここでメインヒロインという言葉を使わないのは、ぱすてるは一貫して月咲ゆうのみが主人公の相手役としての地位を不 動のものとしてきた。「メインヒロイン格」という存在ではなく、「完全無欠のヒロイン」。潔く清々しいほどの美少女がいるのだ。
そして、周囲を固める崎谷まなみ、三宮一機、村上菊らを始めとした正準レギュラー陣が、麦とゆうの他愛なき日常、そしてあり得ないような美少女・美女達に 囲まれたハーレムなる日々を循環させている。決まったメンバー、そして舞台の世界観が持つ独特の寛緩とした雰囲気が、不思議と物語の鮮度を維持させる事が 出来ると言えるのだろう。

広島に特化した小林氏と、東京に憧憬した瀬尾氏

舞台設定の固定化も、ぱすてる長期連載の原動力のひとつであると言える。主人公達は尾道・只野家を中心とした狭い円の中にある。その円の中に様々な経歴を 持ち、絶世の美貌を兼ね備えた女性たちが犇めく。それでも麦とゆうの関係には深く踏み込まず、それぞれのエピソードを以てしかる。
これは抑揚もなく惰性的な展開で読み手を惹きつける手法とは正反対だ。だが、その分長い命脈を維持し、固定ファンが必ずつくという好循環をして大作と呼べることになると考える。
瀬尾氏の君のいる町は、ぱすてるの舞台・尾道から北東にある庄原市の山野を起点として始まったのだが、舞台が東京に変遷してからは目下、人物相関の泥沼と化し、タイトルとは裏腹の愛憎劇というハイレベルな領域に達してしまった。
ぱすてるとは性質が違うので同じ俎板の上では捌けるものではないが、物語の舞台土壌が作品全体に及ぼす影響というのはやはり無下に考えることは出来ないと思われるのだ。
そう言う意味から、同じ田舎(広島)を舞台としてスタートした作品であっても、大都会に移るか、そこを維持するかの違いによって、よほど作品の流れが違うと言うことが、よく示されている例であると言える。