温故知新・タカミネコウのTOD的こころ~特集・同級生シリーズ 第3回

黒川 さとみ黒川 さとみ


 軽佻浮薄の徒との破局を超え
  幼なじみの壁を越えて結実す


身長163㎝ /B83/W58/H87/血液型O

タイトルコンセプトに準拠した幼なじみの典型ヒロイン

偏に“幼なじみ”という設定だが、今でこそ多様化して様々なタイプがある。主人公をずっと好きだった、兄妹のような感覚で異性としてみていなかった。そして幼なじみという属性でオーソドックスなのが、いわゆるツンデレという形なのであろう。
黒川さとみというヒロインは卓朗の幼稚園時代からの関係であるから、黒川 さとみテンプレートに合致した、文字通りでありかつ筋金入りの幼なじみである。
彼女と卓朗の関係はまさに「男女の親友」という定義を見せるかのように思うのだが、同級生というタイトルの率直な意味を追求すれば、彼女は尤も近い立ち位置にあると、鷹岑は考えるわけです。
「男女間の親友関係は絶対にあり得ない」と断言する鷹岑をして、卓朗と彼女は、多聞に漏れずある事を契機に男女を意識をするようになるわけなのだが、それまでは二人ともギリギリのボーダーラインを維持し、親友関係という形を保っていたのである。
憎まれ口を言い合い、卓朗が喫茶店に訪れればコーヒーの代わりに泥水・塩水を出してくる悪友的な存在だが、卓朗はきちんと彼女を一個の女性として捉え、行き過ぎた行動を取らないでいる。
物語の結果論という訳では無いのだが、彼女が果たして“近すぎて気付かない関係”にありつづけた卓朗への想いをどうあったのか、検証の余地は多い。

相原健二との破局の要因~健二を敢えて擁護する

さとみは設定上、主人公・卓朗の天敵である相原健二と交際関係にある。性的関係にあるかどうかは直接的言及はされていないのだが、一連の彼女の言動からすれば“ある”と断言して構わないだろう。
相原健二との馴れ初めは想像の域を脱しないのだが、交際関係の中で彼女はあまりにもドライな健二の対応に不安を覚え、苦悩してゆく事になったのだが、同級生の世界観の中では一貫してダーティな成金ぼんぼんの健二なんかと何故付き合っていたのかという河原のさとみプレイヤーの心証は今になって回顧してもやはり不変である。
しかし、オリジナル版の発表から約20年という時を経て、この物語のロジックを、少々なりとも冷静に俯瞰して見られるようになった鷹岑としては、そんな相原健二に対して寸分の擁護の情も抱くことが出来る心の余裕が出来たと胸を張る事が出来る。
『健二に同情の余地なし』も良いのだが、とりつく島もなければ健二もなかなか浮かばれまい。

健二は軽佻浮薄のどら息子だが、一応女性関係の場数だけは踏んでいるようなので、女性が何を考えているのか程度の直感は働くだろう。
彼女が健二をどの程度思っていたのかは劇中において卓朗と結ばれる場面において伝えられるのだが、その心裡の底流に悪友と思われていた卓朗が居続けていると言うことを、卓朗を生涯の天敵として激しい敵愾心を向けている当の健二が察知出来ないとはなかなか想像が出来まい。
黒川さとみと卓朗は幼少時からの刎頸の友で、卓朗は彼女が強がっていても本質はか弱い一個の少女であると言う事を疾うに知っているわけであり、彼女自身も 卓朗が大胆不敵な行動を惜しみなく女性関係の構築に躍起になっていることを知っている訳で、無意識なりに卓朗への想いを封じてきたと見て然るべきだったろ う。
健二が彼女との破局を望んだのは、本命が桜木舞という事も要因なのだろうが、脈の保証がない舞のために折角、交際関係である彼女を切り捨てる必要性はない。
つまりは、健二自身も、彼女の本心は卓朗にあり、当てつけのように別離を決断したのではないだろうか。心ここにあらずの恋人を維持し続けていても、確かに惨めなだけである。

幼なじみのテンプレート

さて、主人公・卓朗視点に戻そう。
いずれにしても黒川さとみは、これより後に綺羅星の如くリリースされてゆく18歳指定を含む全てのギャルゲーにおける「幼なじみ」のテンプレートとなったキャラクタであることには違いがない。黒川さとみ・ED
ストーリーを別にした幼なじみの本質論として、気心が知れた気遣いなき間柄、性別を超えた友誼、いつまでも変わらない関係を望む想い。
学校一の美少女としてマドンナ的存在の高嶺の花や、可憐なる後輩、魅惑の年上の女性など、男を主人公とした恋愛作品のパターンの中で、やはり古今東西、プ レイヤーを魅了して止まないのが、「幼なじみ」という存在ではないだろうか。姉や妹というキャラの背徳感でもない、普通の恋愛事情にフィッティングした尤 も身近な青春時代の恋愛として、感情移入もしやすい属性である事には間違いが無いだろう。
「同級生」というコンセプトからすれば、卓朗にとって一番現実味がある幸福を得られたヒロインは、黒川さとみではないだろうかと、鷹岑は考えている。