雨宮透流編が終決し、新たなる波紋へ
聖志と雪、互いに回帰したその先の行方

~第152話「モーメント」


▼雪を救出し、一定の決着をした聖志の周辺。改めて雪のことを好きだったと自覚する結仁、聖志と別れたのは健人が現れたからだと責める晶。様々な想いが交錯しながら、それぞれ収斂して行く。そんな中で聖志と雪の前に、雪の父親が厳しい表情で現れる。

力不足かもしんないけど(莉子)

~雨宮透流の今後


雨宮透流は悪役に徹しきれなかった感じがする。こういう展開というのは国産ドラマや、取りわけ海外ドラマなどには良くあるパターンのようにも見えるのだが、透流の場合は物語の流れに任せていささか強引さを求められてしまったかな、という感覚がします。雨宮兄妹
透流に関しては当文書でも指摘したように、沈黙は金なり。つまり黙ってさえいれば聖志が透流に勝る謂れは少なかったと思うので、透流の暴走については不可思議な点が多かったと思っている。
ゆえにこれはあくまで戯論であり、落語のネタにでもなりうる憶測なのであるが、この雪監禁事件が終わった後、自室にいる透流が、妹莉子に対して「なんで俺、あんなことしてしまったんだろうな?」と呟き、「それくらい雪ちゃんのこと好きだったって事でしょ」と返し、「だったら今まで黙っていた俺は、雪のことどう思っていたんだろうな」と答え、やはり自分が何故わざわざ難しい行動を起こしてまで聖志との抗争に奔ったのか、自分自身理解できなかったのではないだろうかと考える訳である。

思った以上に本気だったんだなーって‥(結仁)

~ヒロインの領域に介入の余地無かった新興キャラ


氷室結仁は少女漫画等に良くある形式の、中盤以降に主人公に思いを寄せるライバルの出現。のような立ち位置を標榜したキャラクタであったのか、と考えた。
まあ、ラブコメにおいて途中参戦のキャラクタがメインヒロイン格と恋愛成就するというパターンは殆ど無いに等しいと思うのだが、特にGEのような氷室結仁厳しい人物相関の中にあって敢えて難攻不落のヒロイン・雪に挑んだというその勇気は賞賛するべきものであったと言えるだろう。

氷室結仁は言う迄も無いが内海聖志・雨宮透流とは比較にならない程の魅力を備えたキャラクタである。二人の所行、所作と鑑みれば、余程彼の方が環境的にも恵まれており、恋愛的な俯瞰も出来て相手を幸福に出来る技量も備わっていたであろう。ラブコメというのは得てして、そうした真っ当な考え方や、本当に現実的に近い意味で幸福に出来るキャラが貧乏籤を引くようになっているのが皮肉なのである。まあ、そうでなければ波乱が起きないからであるが。

あたしの前に現れなきゃ‥!(晶)

~心底を暴かれることなかった、健人の功罪


さて、池谷晶だが結果として沢田健人が目の前に現れてくれたことで、結果的には晶の受けた傷は浅く済んだと言うことになるだろう。これも鷹岑が指摘していたように、晶の心底には健人が依然としてあり、聖志との蜜月が終熄するのも遅かれ早かれの問題であったことに違いがない。沢田健人
晶は健人に対し、「あなたが私の前に現れなかったら、聖志と倖せなままでいられた」と詰ったが、言葉を裏返せば、「あなたが私の前に現れたお陰で、私は本心を隠し通すことが出来なくなってしまった」とも取れるのである。「倖せなままでいられた」というのは、本心を隠し通し続ける気張りを続けながら、聖志との幸福を演じ続けると言うことなのである。
結果は、聖志の方が先手を打つ形で晶との訣別を即断した訳であるが、これは互いにとって傷を最小限に抑えるための英断であったと言えるだろう。聖志が雪を、晶が健人と、互いに心底の奥に脈々と息衝く存在をひた隠しにしたまま作られたユーフォリアに浸っていれば、更に泥沼化した悲劇的結末を迎えたことだっただろう。
沢田健人が登場したことは、そう言う意味でユーフォリアを断ち切る英雄であり、また焼け木杭に火を付けた極悪人とも取れるのだ。

大好きよ聖志(雪)~ 聖志に依存し始めたメインヒロイン

一概に雨宮透流の行動が要因と決めつけるのは尚早だとは思うが、黒川雪も随分と角が取れたという印象である。
聖志と透流の狭間にあって、その心的摩擦が彼女の長所黒川雪であった角立つ性格をここまで丸くさせてしまったのかと思うと、何とも居た堪れない。

透流の暴走が物語のテクニカルな問題であるにせよ、雪にとって決定的な有力選択肢をへし折り、聖志に回帰する事になった訳であるが、これは彼女が心底として聖志を選択したとは言えるものではなく、透流の自滅による選択の余地がなかった、と言えるだろう。
一部の非雪側の読者が雪の行動を批判する本質の素因はまさにそこにあるとも言える。
本来ならば、透流の暴走をも理解の範疇に置いて彼と話し合うほどの度量があれば御の字なのだろうが、高校生の彼らにそこまでの高望みはするまい。

転校技法と親の体面、雪の指標

~第153話「ブレイブ・アイ」


▼新学期となり、雪が登校していないことを訝しむ聖志たちに、担任は雪が長野の実家に戻り、転校したことを告げ、愕然となる。名門・黒川家の体裁を気にした雪の父親が強引に決めたことを知った聖志は、真意を確かめるべく親を説得し、長野に乗り込む。

逡巡する雪の心裡を追いつめる父の体面

転校技法はラブコメに多いのかどうかは鷹岑はよく分からないのだが、マガジンの双璧のひとつ、瀬尾公治氏の「君のいる町」ではよく使われていた技術である事は確かだ。
まあ、実際現実社会で高校生の転校・編入などの手続きが簡素なものなのか煩雑なものなのかはともかくとして、恋愛上の問題としていちいち転校だ編入だと騒ぎ立てているというのならば、身体が幾つあっても足りはしないだろう。
雪と父親

●黒川家当主(ユキパパ)

今の世に希な、古風なイメージの父親像で、君のいる町のメインヒロインである枝葉柚希の父・枝葉義昭と同義の立ち位置にある存在。
柚希パパの方は大会社の役員だが、ユキパパの方は長野県議会議員という設定。ラブコメのヒロイン格の親は得てして要職に就いているパターンが多いのが特徴。

地元の大地主にして長野県議会議員という名族。信州真田氏とゆかりの深い豪族の末裔、とでもいう裏設定があるかどうかは分からないが、ユキパパと「君のいる町」の枝葉柚希の父親とは、一度飲み屋などで顔を合わせてみれば意外に話が合いそうな感じはする。
と、まあ冗談はさておいて、ユキパパが強引に雪を長野に逼塞させた最大の理由が、涼の言うように透流事件によるものだとするならば、了見が狭いと言わざるを得ない。

学校には父さんから言っとこう(聖志・父)

~人間的にははるかにユキパパを越える


ユキパパがどのような地位にあるかどうかはともかく、名士というならばやはり人間的器量を兼ね備えてこそのものであるだろう。
仮に娘の身辺がどのように騒がしかったとしても、余程重大な犯罪や、他人に迷惑を掛けるような失態がなければ、娘の行くべき道を寛容に認めてあげるべき事こそ、名士たり得る根本ではないだろうか。
身内家族を大事に出来ない者が他人を大事に出来る訳がない。鷹岑はユキパパが県会議員という政治家としての職業でもある事を踏まえて言った。今時の政治家は、地元の名士だとか、一族が優秀だとかという理由で当選できるような昭和の良い時代ではない。覚悟の目
ユキパパがいわゆる保守思想で、「女は内にあって…」などという時代錯誤な考え方をしているというのならば、雪が相当哀れである。
ただ、透流事件のほとぼりも冷めやらぬ中で雪が家族の体面だけで愛する聖志の元から離れた、という単純な理由としてはいささか短絡的だろう。聖志を選んだことが、いかにも透流の暴走故に選択の余地がなかった、と言うことになってしまいかねない。
聖志の覚悟を見たのか、彼がどのくらい本気であるのかを推し量っているというのならば、煩雑な手続きを取ってまで長野に逼塞させるにはあまりにも大仰である。

一方で、聖志の父親はユキパパと較べればはるかに人として優れていよう。息子の真意をその瞳から察することが出来ると言うことは、親子の情が深く繋がっていると言うことでもあり、人として、また人の子の親としてそれだけで立派な人物であると言える。
肩書きや他者の体裁を気にするような名士よりも、清貧に甘んじて人倫に沿った生き方の方が余程良い。鷹岑は無論、ユキパパや枝葉義昭よりも、聖志パパや、青大親の方の生き方を選びたいと考えている。