我妻さんは俺のヨメ・人物考察~青島 光
兄妹は似たり、この兄ありてこの妹ありき
~第18回「Brown Sugar」青島 光、弛まなき妹萌えの象徴

マガジンSPECIAL時代に10年後の主人公の妹・光の存在を見るのだが、相当磨れた感じの今時のギャル風情に変貌するのはまた別の話になる訳だが、週 刊誌昇格後はまだ、TS後の光の存在はないようだ。
青島光良くある設定として、三枚目で汚れ役、損な役回りを演じる人物の兄弟姉妹が美人(美男子)であるというもの。
考えてみれば、兄弟姉妹に美男美女がいるのに、自分だけが不細工な訳が無い。醜いアヒルの子の童話でさえ、成長すれば白鳥になるのだという。

青島光は、DX団幹部・主人公青島等の妹である訳だが、当初からお約束通りの美少女キャラとして位置し、不肖の兄をそれなりにサポートしてくれている、健 気さで読者の心を掴む存在のようである。

実は、主人公・青島等の人となりは、彼女を見ればその一片を表現している。親・兄妹は似るところがあるとは言うが、まさに言い得て妙。光が兄に向ける優し さというのは、そのまま青島等が妹を気遣う優しさに繋がり、また知人や怨敵に対してまでも気遣う度量を持つに至っている。

第18回はいわば男性に人気があり、またそれ以外でもその容姿・性格から幅広い人気があると考えられる光が、アンダーグラウンドに位置するDX団たちの襲 来に対しても偏見を持つことなく接するという、「優しさ」を披瀝し、いわゆる華美界とオタク界それぞれの特性を際立たせていると言って過言では無い。
青島光青島 光

アキバを中心としたサブカル界において、2000年前後に流行し、声優堀江結衣・川澄綾子・水樹奈々などを一躍スターダムにのし上げ、鷹岑もその影響を少 なからず受けていた妹ブームの嚆矢「シスタープリンセス」の精髄を引いたキャラクタだが、彼女は見え透いたような狙った「妹萌え」というよりも、平均的な 「しっかり者の妹」という色彩が強い。将来はスタイルの良い美人になるという設定を見る限り、実兄の等もブサメンで無いと言うことがよくわかる。
妹萌えのデファイン~ブームは周回する
 
泣きゲー×抜きゲー1998年・With you~みつめていたい~の伊東乃絵美、筑紫哲也のNEWS23・幸福論で題材となった、「可奈~いもうと~」の可奈などに代表されるように、基本的に妹 萌えにはストーリー性が重視される傾向にある。必ずしも薄倖色が強いという意味では無いが、近親間の恋愛に発展する要素としては、一般論で言うハッピーエ ンドは極めて至難の技術を要する。まともに恋愛を描こうとしても、悲恋になるか、ダーク色に傾斜するのが特色。
小松正男らが主張するような性描写のみに特化した抜きゲーにも「妹」設定はあったとしても、やはりストーリー性が無ければ「妹」と設定する醍醐味が無いと いえる。
そういうことを勘案すれば、「妹萌え」という定義の根本は「ストーリー性≒泣き要素」であると言うことだ。シスタープリンセスが流行したのは、キャラクタ デザインの天広直人氏の筆致に限らず、根本はそのストーリー性にあったと言える。

話はややずれたが、妹萌えはシスプリの終了後、一端下火になったが、ネット上における二次元萌えの対象年齢が低下の一途を辿る上で、自然とこれも復調傾向 にあった。
妹キャラそのものは脈々と続いてはいるのだが、十二有余年の周期を経て、再びシスプリ程では無くても、妹キャラの特色が活かされた作品が静かな流行となり つつあるように思える。

咲耶っぽい感じでさぁ!!~懐か しき、鷹岑が永遠の妹(笑)

咲耶っぽい感じでさあ伊東志郎が絶叫した「咲耶っぽい感じで、お兄様と呼んではくれないか」には鷹岑も不覚に爆笑。
知る人ぞ知る、先述のシスタープリンセスの十二ヒロインの1人、第4席に位置する「咲耶」。声優・堀江結衣君を一気にスターダムに押し上げた、シスプリ最 大人気のキャラクタである。
ちなみに手前味噌だが、我が「鷹嶺創書院・東院」においても、シスタープリンセスの二次小説があり、咲耶編を一番多く手掛けている。機会があったらご笑覧 下さい(笑)咲耶(シスタープリンセス)
まあ、それくらい鷹岑も今なおその良さを識り、「我が永遠の妹」と位置付けている咲耶を引き合いに出すとは、伊東志郎もやはりなかなか判っていると言って も良いだろう。
ただ、「お兄様」と呼ばせるには青島光はやはりまだ幼い感じがする。
個人的にはシスプリで言うならば、光はやはり無難に桑谷夏子君演じた「可憐」系で「お兄ちゃん」という呼称で良かろうと思う。
「にいにい」は記憶としてはアマガミの変態紳士卿・橘朝臣純一の妹・美也であった気がするし、「あんちゃん」は時代劇、もしくはシスプリではアニメ版のオ リジナルキャラがその呼称を使っていたと思われる。
クッキープレゼント◀授業で誂えたお菓子

蔵石氏か西木田氏にとってのポイントなのかも知れないが、この場面が直接、小松正男の妹萌え否定を覆す要素であったかどうかと言うよりも、根本的な話はやはり青島光が放つアトモスフィア、雰囲気に中てられたと言った方が良いかもしれない。
自分たちの存在が否定されたと思い込んでしまった最中に、わざわざ顔を出して謝る。
光には当然非がなくても、気遣いで謝る。この態度を目の当たりにして、胸打たれない人間はいないだろう。