恋愛漫画家・中野純子氏追悼 鷹嶺家文書考察 ①
 厳しい恋愛の現実と陥穽を描いた傑作
~寝取られたヒロインの現実と、再出発に辿り着く過酷なる道

ちさ×ポン(2000~2006)週刊ヤングジャンプ連載 作品

鷹岑が中野氏を知ったのは、書店で見かけた単行本であった訳で、当時は何巻あたりまで出ていたんだろうか。多分、5巻くらいまで発刊されていただろうから 買ったのは2005年くらいだったと思う。ちさラポン
当時は鬼のように漫画本の新刊を買いまくっていたから、結構いわゆる“ジャケット買い”というものも重ねてきた記憶がある。
ちさ×ポンもその中の一つであった訳で、当然当たり外れの賭けなどお構いなしに大人買いをして揃えたものである。

この作品は同じラブコメでも当時としては極めて衝撃的な展開を見せていた。
一言で言うならば、今にして流行・ジャンルの一つである「NTR」つまり「寝取られ系」であり、前半のそうした重い枷を背負ってきた主人公が、寝取られた ヒロインとの再出発を目指し、最終的にそうした様々な試練を乗り越えて結婚を迎えるという流れを以て終結している訳であるのだが、メインタイトルである 「ちさ×ポン」という響きと、全体を俯瞰した上での平均的な甘いストーリーの流れとは裏腹に、非常に恋愛とそれに係わる心の暗部をも赤裸々に表現された、 良い意味での問題作であると言えるのである。

簡潔に言って、この作品を読むに当たっては、読者側としても単純なラブコメディとして捉えていれば痛い目に合う。あらゆる恋愛に於ける障害・苦痛・苦悩に 対する耐性が無ければ、読中読後に悉く気分が悪くなること間違いが無い。上辺だけを論って、ヘタレだのビッチだのと言う誹謗中傷はこの作品の世界観には当 て嵌まらないのである。

ファーストコンタクトと恋愛醸成期
浜野千砂◀浜野 千砂(ち さ)

旧姓は瀬能。父・躍(すすむ)と母・美砂子との娘。両親の離婚後に母の旧姓・浜野氏を名乗る。
主人公・本田良仁とは第一話、合コンの場で知り合うが、恋愛の深化に関しては非常に鉄壁な性格。第一話で事実上の恋人関係になるという事を見ても、この物 語が、恋人関係までの過程ではなく、恋人関係後の情景を描く事が判る。
人物設定・相関関係においても、彼女はメインヒロインとして前後半と基軸をしっかりと維持しつつ、主人公・ポンタに対する想い、家族問題を含めて、劇的な 成長・変化を遂げる存在だった。
「ちさ×ポン」のメインコンセプトは、惚れた腫れた、誰彼とくっつくか否かのプロセスをただ描くという訳では無い。海辺の合コンで、男三人・女三人のア ヴァンテュールを愉しむという場面から始まるという、出会いから親交を深めて恋愛を深めてゆくという一般的なラブコメを飛び越し、恋人関係へ発展する契機 自体は非科学的なものである。
ポンタこと本田良仁と浜野千砂以外はその日のうちに肉体関係に発展するなど、実にリープさを強調させ、彼らの存在意義・コンセプトを示した。
本田良仁(ポンタ) 本田 良仁(ポンタ)▶

主人公。ポンタは渾名。第1回でヒロイン・浜野千砂と事実上の恋人関係となるため、事前経緯は合コンから始まり、一目で互いを気に入ったという設定になっ ている。
千砂に対して、男としてかつ恋人としての欲求を懐くが、千砂の貞操概念と自身の焦燥感、滝川という男の存在、進路と続々と寄せてくる障壁に苦悩する。傍目 から見ればリア充だが、誰にでも経験しうる心情描写に強い共鳴を憶えるという意味において、一般論としてのやっかみを感じるキャラクタとはなっていない。
物語のコンセプトの違いと一言で片付けるにはあまりにも短絡的だが、主人公とヒロインの恋人関係成立の経緯はあまりにも簡潔すぎて、逆に違和感がないほどである。
出会ったその日に名乗りを上げて一日遊び、夕暮れのちさ×ポン 第1話浜辺でファーストキスを交わすというスピード感は、中野氏がいかに恋愛発展の経緯云々という儀礼ではなく、人の本質的な恋愛観を追究しようとしていたか、と言うことが強く表現されていると言える。
ちさ×ポン全体を俯瞰した主人公とヒロインの関係を考察してみると、とても初顔合せの合コン初日にキスまでしてしまった軽い契機を経たとは思えず、本来な らば、出会いから紆余曲折を経て最終回間際となってやっと恋人関係になることが出来た、聞くも涙語るも涙の経緯があってやっとの事である。
天下に並ぶべくもなき比翼連理のカップルの出逢いが、合コン一日目にしての水遊び程度だった。では、遍くあるリア充達の立つ瀬が無い。

千砂の貞操概念

恋人関係になった後の二人だが、特に主人公・ポンタは普通に千砂との関係深化を求めて肉体的接触を求めて行く訳だが、肝心の千砂の方が奇妙な貞操概念に囚 われていてなかなかポンタに身体を許そうとしないのである。セックス自体を憚ると言うのに、前戯自体は好きという、好色なのか、堅物なのかが曖昧な性格。
それが後に大きな波乱をもたらすことになる訳だが、だからといって千砂が全く性欲がない訳でも無い。一応、ABC3段階でのBまでを許しているという点が特徴的で、実はセックスまでを引っ張るというラブコメもなかなか難しい。
恋人同士なのに何故、セックスをしないのか。単純に焦らし、寸止めの快感を与えるにしてもやはりキャラクタの内面が示されなければならなくなる。
一線を越えることによって世界観・価値観が変わる。想い出に残る場面で一線を越えたいという、ロマンチシスト・乙女チックな少女が、確かに大きな変化を遂げる事になる契機としては、あまりにも大きな事件が待ち受けている訳である。

それは次の章で語るとして、確かに千砂はそれを契機として自身の中の偏狭な価値観と殻を破る事に繋がってゆく。また、ポンタもまた千砂に向ける想いの強さというものを改めて思い知らされてゆくことになるのである。

前半の高揚感の本質

ちさ×ポンは序・前半、中盤、後・終盤と概ね三部に分類できる。いずれもポンタとちさの想いそのものは一貫しているのだが、直面する現実に対して、理想と妄想とのギャップに苛まれてゆくところがもどかしいところでもある。
想い合うと言うだけでは上手くいかない恋愛の現実。この作品の序・前半は、そうした恋愛の高揚感を特化して主人公・ヒロインのビート感溢れる場面が印象深くなっている。
ポンタ、千砂。それぞれが胸に秘める価値観や恋愛に対する考え方の本質には至ることは無く、ただ新しく生まれた恋愛を育んでゆこうというポジティブさが目立つのである。
ここが大事なところで、この前半のビート感を保持したまま中後半に到達すると、読者の心象を大いに損なう手法に至った。
鷹岑も不慣れな手前、大いに困惑をした場面。それが、近年恋愛作品の一つの分野として確立した、NTR(寝取られ)系のパイオニアとも言える展開となる。