至誠の人・青大の伊藤誠化、成らず
短絡的な月の処遇に不倖たらん 神咲成海
~青大への思慕時宜を佚し、互いに得なき準ヒロイン格の末路

▼本来、正道ならば本編で出番を終えたはずの加賀月が、そこはやはり瀬尾流。やっぱり再登場。と、くれば大方青大への思慕関連くらいなものであろうと思っ ていたが、微増22ページの中身は、神咲成海と結婚することになった彼女が、実は青大のことを深く愛していて、青大への想いを断ちきるために“一夜の関 係”を求めたと言うこと。至誠忠義の人・青大はそれをギリギリのところで断ったという話である。
加賀月の再登場と、青大の至誠に免じて、今回は星評価は3。

道化に落ちし神咲成海、生涯真正なる幸福を望めず

加賀月の全裸シーン、主人公に性的関係を迫る背徳感への余韻に浸っている読者も多いながら、客観視を崩さない鷹岑として、今回の話を読み終えてまず、いく つか疑問点を挙げてみよう。
  1. 出番を終えたはずの加賀月の再 登場の意義
  2. 神咲成海との交際関係と、青大 への思慕との競合
  3. 青 大の恋人・柚希に対する月の考え方
  4. 成 海との将来設計と、精神的罪悪感の有無
  5. そ もそも瀬尾氏の通過儀礼に対する価値観の軽重月の口実
作者の瀬尾公治さんがそのようなことを念頭に置いてネームを編成している訳がないと判っていながらの疑問の提起である事をご了承願う。
まず、第188話「サヨナラ」を以て出番を終えていた加賀月。当該記事で、神咲成海と結婚していたというオチは無し で、と言うのが現実になったようであるが(笑)
瀬尾氏にまともな物語やキャラクタの帰結を望む可くもないのだが、またやってしまった感がある。

ここで、本筋としての役割を終えて、登場しないことがベターなはずの加賀月を再び引っ張り出してきたことの意義は一体何だったのか。
彼女が青大を思慕しているというのは広島編の終盤から判りきっていたことであり、今になって思い出したかのように(というか、話数埋め要員)月が青大を好 きで、柚希に構い無く一夜限りの関係を迫るという描写は、果たして彼女のキャラの本質として正しかったのか、ただの藪蛇だったのかという事になるだろう。
メールや招待状なりで「私このたび神咲先輩と結婚することになったから」で済む話を、何故成算もなく複雑にするのだろうか。収拾するつもりが無いのに、事 を複雑にして何の得も無い。

繙いてみよう。神咲成海との結婚話が前面に出たことを時宜として明らかに、月の勤務先の研修というのは、青大を呼び出すための口実であることが解る。つま りは彼女なりに確信犯として再上京し、青大と会うつもりであったと言うことである。

加賀月にとっての青大の想い人たち

経験の有無に拘泥する層、いわゆる“処女厨”に迎合する訳では無いが、月もまたこの時点では誰とも肉体的関係が無い。事の善悪は後で話すとして、青大に迫 る一連の彼女の言動・行動はそれがよく判る。
青大と一夜を共にすることで、青大への想いにけじめをつける月の結婚話という事を望んでいた月なのだが、そうすることを考え、こうして行動を取る彼女には、枝葉柚希、そして遡れば神咲七 海や御島明日香の存在はどう言うものであったのかが推測できよう。

瀬尾氏は柚希に向けられた悪女・ビッチの認定をいかにして逸らそうか、などという殊勝なことを考えてはいないだろうが、綺麗にフェードアウトするべきだっ た加賀月を、エンディングを待つ舞台裏から無理矢理引っ張り出してきて一糸纏わぬ姿を青大の前に晒し、「一夜限りの関係」などという、昼メロさながらの心 情よろしく不倫浮気を唆すキャラに仕立て上げたのは、瀬尾氏らしい、キャラクタを大切に扱わない手法というのが良く表れているのである。

結果的に青大を寝取ろうとした月、関係を持ってしまったら月のことを「(一人の女として)好きになる」と吐露した青大を、読者諸卿は簡単に批難してはなら ないと考える。
この作品は元々、主人公は全ての女性キャラから意味も無く好意を持たれているという、“極超ハレム状態”であり、役得の域を超えた弥勒仏なのである。
月は彼女の性格を良く出していたように積極的・露骨に青大に迫ったが、数話前は御島明日香が形は違えども青大との関係を拒否しない姿勢を見せている。

月にとっては、青大を一個の男性として好意を持っていたという認識を示した、広島編終盤(単行本第9集・第79話前後)から、彼に寄る柚希を初めとするヒ ロイン格が歯牙に掛ける存在ではなかった、という事になる。青大のことも好き?
“無欲の強み”というとやや語弊があるが、月にとっては青大が仮に柚希との関係が強く合致していなかったならば、いずれ自分に帰趨するという流れを作って いただろう。「君のいる町」は紛いなりにも青大と柚希の「ラブコメディ」として出発した話なので付けいる隙は無かったのだが、仮に青大が御島明日香との交 際を継続していたとするならば、青大は同じ場面を迎えた場合、月の想いを受けて入れていただろうと考える。

道化となる神咲成海

「たまったもんじゃない」と思うのは、本編では何も知らぬ神咲成海の方であろう。一言で言うならとんだピエロである。
交際を始め、結婚するまでに話が進んでいる当の加賀月が、実は心の中では青大をずっと想い続けていて、青大への想いにけじめをつけると称して再び上京して まで青大と会い、一夜限りの関係を迫る。などと、知らぬが仏、言わぬが花ではあまりにも救われない。
人助け?
瀬尾氏のことだから、この後は月は成海と結婚し、子供が生まれて幸せな家庭を築いていった。と言ったような強引な流れを作るのだろうが、まともな神経を持 ち、恋愛の自然的な流れとして考えた場合、ここまでした月が、いくら成海との結婚はやめない、青大とつき合いたいとは思わない。などと言い繕っても、そう 簡単に青大への想いを断ちきることができるかどうか、甚だ疑問ではある。

瀬尾氏の男性キャラ冷遇は今に始まったことでは無い。それを前提にして考えた場合でも、加賀月収斂先として既存キャラを宛がった点は評価できるのだが、こ れではあまりにも成海が無様すぎて笑えない。
月の急接近一夜限りの関係を哀願する加賀月▶

「据え膳食わぬは何とか」とは言うが、これがもし青大の交際相手が柚希ではなかったならば、月の想いを受けて 入れていたことは想像に難くない。月を想い、敢えて拒んだ青大の姿勢は、枝葉柚希に対する“至誠忠義”を示している訳だが、紛いなりにも恋人がいる月が、 横恋慕という形で青大を寝取ろうとした今回は、侃諤とした争論が起こるだろう。しかし、本質的なものでは必ずしもない。
事の重要性を軽視する瀬尾公治氏

強制収束もしも月をこのような立ち位置として使うつもりだったのならば、縦しんば風間恭輔死亡後や明日香交際期など柚希の毒気に完全に浸食されていない時機に適用して然るべきであった。
今回のネームを瀬尾氏はどう言った理念を用いて展開したのか。“そろそろ、月が青大を好きだったという設定を全面に出そう”程度の認識で、月の裸とギリギリのシーンを織り交ぜれば良いだろう。という事であったとするならば実に酷い。

月や青大を擁護するつもりは全くないが、少なくても月にとっては青大への想いが本気だったと気がつく心情変化や切っ掛けがない分、今回、このタイミングでの急接近は、本当に詮無いことであった。誰も得をしない、青大と月までイメージを落としただけである。
恋人を持つ者同士、また青大も内面としてはそうだろうが、二人とも伴侶との結婚を意識している中にあって、不倫浮気という既成事実に発展しかけた重要性 を、最後になって「怖すぎるからもう帰って」などとして強引に収束させるとは、瀬尾氏の認識が甘いのか、ただ単にストーリーのネタとして月を出してみた かっただけなのか、全く以て判らない。

いたずらに裸を出し、筋の通らないストーリーを紡ぎ、恋愛の法則・プロセス、道徳概念が欠如したこの物語を継続しなければならないほど、マガジン全体のクオリティが問われているのだと改めて思い知らされた。