腕白な気心を通じ不変の懸想を燻らせてきた少女

時間ときを伴にし少年お さなごの日 心哀うらがなし哉、そのしずむなる起居

~植野直花、過去の悔悛と捨身奉仕を誓う将也への拘りと、西宮硝子への相容れぬ瞋恚

▼永束が植野のメモを自分宛へと勘違いをし再び会いに行くが、鬼面咆哮の植野に散々に罵倒されてしまう。将也は猫カフェで貰ったポーチを硝子にプレゼント し、お礼のメールに安堵する。一方で、川井から植野が連絡を取りたがっていると言われた将也だったが、きっぱりと断る。しかし、川井に騙される形で放課 後、将也は植野と再び会う。無理矢理帰路を共にする中、花屋で見かけた硝子のポーチを見て悪口を発した植野に、将也はあげたのは自分だと告げ、また醒めた 口調で植野を突き放す。

総合評価★★★★★★★★★★

永束友宏、痛罵されるも植野の本質を瞬時に看破する

植野直花(黒化? 素?)植野直花(名前は“なおか”で決定ですね)、非常に良い立ち位置でパラ見した印象は非常に良かったな。やはり、対立 軸 というのは必要不可欠であって植野は表裏の顔を持つヒールな部分を担う重要な立ち位置を担うことになった訳で、まことご苦労なこった。
まあ、永束がお約束的な立場で「ずっと好きでした」というメモ書きを勘違いした挙げ句、黒化した植野に痛罵を浴びせられるわけだが、奇しくも石田将也の保 護者気取りで露払いを買って出ている永束にとってみれば、まさに役に立つ言行であったに違いない。

「猫賺す玄き長髪その爲種、想い盡すも剥き出せし牙 嗚呼、然もそうず正に黒猫」
植野直花(イメージ)
などと永束が思ったかどうかは定かではないが、猫耳植野がまさに気紛れ猫畜生の如く、ネコ科の喩えじゃあねぇが、まさに「“豹”変」。総毛逆立てて牙剥き 出しに「シャーーーー!!」と威嚇する様はある意味、植野のイメージらしいと言えばそうなのかも知れない。まあ、再登場で見せた素の表情が非常に伝法で 突っ張りという、嫋やかさを纏う西宮硝子とは全くタイプの違う気の強さ。ビッチ・DQN・阿婆擦れ・ヤリマンなどと言う悪口も聞こえてきそうだが、なにな に石田を想いつづけていたというのならばこの尼っ子、実に可愛いところがあるじゃあねぇか、なあ?

植野直花、物を頼む態度無くして永束に本質を叩かれる

永束の勘違いぶりは、ある意味物語に於ける刺身のツマのようなものではあるが、冷静を装いながら、植野の豹変ぶりを全身ガクブル状態で目の当たりにしつつ 彼女と石田将也との関係に見込みがないことを示唆するところはさすがである。
西宮結弦を女であると言うことを知らなかった永束、そして植野のメモ書きが将也の物であると気付かされた時。いずれも己が非を認めないところはまあ、確か に植野じゃないがうざったらしいところはあるものの、同じ意味では全く排除したいようなうざさじゃない。何事も将也のためと思えばこそ、永束は必要なので あろうな。
物を頼む態度?
まあ、植野が永束を嫌うと言うのは、彼の言うように第一印象の外見で判断しているのだとは思うが、人間誰しもフィーリングっちゅうもんがあるみたいだな。 多分、石田とともに猫カフェに現れた瞬間に不倶戴天を感じたのであろうか。永束もまた、然りである。
「人に物を頼む態度ではありませんな」
永束を「色気づいたチビデブ」、「きったねェ手で触んな!」と散々罵倒しておきながら、どうでも良いから将也の連絡先を教えろとは、そりゃあアンタ、さす がの鷹岑昊、いやいや鬼面仏心の仁徳者であっても教えはしませんて、そりゃあ。

三十六計逃げるに如かず 無為も悔しき徒花と、諫めて案ず友の身を。植野直花は危険な奴だ、川井も存外腹黒い。

植野もいささか性急ではある。川井を通じて何故か今ごろになって将也との接触を渇望するのか。まあ、植野直花については人物考察で後日書いてみることとし て、川井が仕組んだハニートラップとして考えてみれば、何ともまあ石田将也め、この野郎役得じゃねえか。
罵倒菩薩◀永束と対立する植野直花
不細工、変な髪、汗、キモイ声。これが対女性であったら完全なるセクハラになるのだが、それにしても永束も「それを言われちゃあお終いだよ」とばかりに反 駁の余地が無い。この罵倒の中で「キモい声」という定義はよく分からないのだが、鷹岑的には、同級生2の長岡芳樹役などで有名な、名バイプレイヤー・室園丈裕氏を連想させた(室園さんがキモい声というわけではないぞ!役柄的な話)。
ところで、植込みで結弦が笑いを堪えてはいるのだが、植野は硝子を虐遇したクラスタの1人であると言うことを忘れてはならない。

自然過ぎるほど自然に、硝子を選んだ将也の衷心

自然の儘に硝子へネコのポーチを硝子に贈った将也だが、周囲の羨む声を他所に、始めから至極自然に硝子という存在を意識していた。 それは理屈や筋道、条件等というものとは関係の無い、将也にとって自然体のままで決めた贈り先なのである。
植野直花が本編で語った「好きになるのに理由はいらない」というのは確かにその通りではあるのだが、理由はいらないが、好きになる「根拠」というのは必ず 存在する。根拠の無い恋愛というのはあり得ないし、そう言うものは長続きはしないものである。
恋をしている連中。いわゆる今がラブラブでイチャイチャしたい時期というのは、そう言う事を考える余地も余裕も無いのだろうが、長く連れ合うこと、偕老同 穴を誓う間柄になってゆけば、そうした「好きでいること」「愛していること」の根拠というのが絶対に見えてくる。それが恋愛の源泉なのだ。

まあ、将硝の関係が一般的なラブコメのような陳腐なる恋愛であるかどうかは、鷹岑家文書の聲の形考察で挙げているようだと思うのであるが、こういう自然す ぎるほど自然に硝子に贈ると言うことを決められたという将也の心は非常に単純で、それでいて何よりも一番堅く、折れない誓いの表れのように思えるのであ る。

まだ固さが残る、硝子の「声」

君の声が嬉しくて「片端の詮なき想い小袋に、贈りし君の声嬉しさと。遠き世界が繋がる実感、小さなポーチとお礼のメール」

西宮硝子のお礼のメールは、些か固さが残っているとは言え、その文字をひとつひとつフリックする硝子の嬉しさというのは想像に難くない。物語全体を俯瞰し てみればよく分かるのだが、嫋然とした(言葉を悪くすればポワンとした)西宮硝子の方が、今回いよいよメインストーリーに関与するようになる植野直花と較 べると精神的余裕という意味で雲泥の差のように思える。
西宮硝子の人物考察でも挙げたように、硝子はああ見えて実は非常に気丈である。植野が嫌いだという理由も漠然ながら理解出来なくもないのだが、まあそれは また後の考察で挙げることにして、硝子の「声」はそうした目先の恋愛というものを超えた、石田将也に対する感謝と信頼をダイレクトに受け止めることが出来 るのだ。
まあ、それでもですます調でちょっとお堅いなあ、というのはあるのだが、そうした関係が今のところ、将硝にとっては丁度良いのかも知れない。

植野との連絡を断る将也、想いに対峙せよ

断っといて下さい植野から連絡が欲しいと川井伝に将也に伝わるも、将也は事も無げにそれを断る。今現在の人物相関がよく分かる将也 の言葉であろう。
未だに×印が取れない川井もまた、的を射た性格を表している。優等生・人格者気取りだったとされる川井だが、決して個別の相手に深入りせず、即かず離れず の交際関係を維持してきたであろうから、小学時代の石田将也、並びに西宮硝子、佐原みよこらに対してはそれほど思いを致すと言うことは無いだろう。故に、 将也に対しても讒言を弄すると言う事はしてこなかった。ぶっちゃけて言えば、川井にとっては周囲などどうでも良い存在なのである。
しかし、それでも彼女は得になること、またフィーリングが近い相手とはチューニングを合わせるのが上手い。だから、植野直花とも一定の交友関係を保ってい るのだろう。

まあ、川井からすれば植野が将也を好きなのを知っていて気を利かせたつもりで「私良いことしちゃった」みたいな自己満足をしているのだろうが、まあ将也に とってみれば全く以て要らぬお世話であるわな。
でもそれも全てが運命であると言うことを割り切って考えれば、植野とのコンタクトはまた硝子との世界を近しめるための試練だと思って諦めるしかあるまい。
植野は性格がややアレだが、将也を好きでいるという点だけを絞れば想い一途なところがある。植野に対しては複雑怪奇な想いがあるだろうが、前回も言ったよ うに、将也は逃げてはいけない。

想い人の心は硝子に在り。静かなる瞋恚を燻らす植野直花

俺があげたんだ「今はただ想い絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな」
左京大夫藤原道雅卿の悲恋歌よろしく、植野直花が定められた石田将也への想いは何ともまああまりにも時宜を佚しすぎていた。
5年の間、縦しんば本当に石田将也を恋しく想っていたとするならば、何故これまでの一度も将也を気遣うアクションを起こしてこなかったのか。時の長い秘め たる恋心というのはラブコメにあってそれは大層読者を惹き付ける、健気で一途な心だ。
だが、植野直花は、将也と共に西宮硝子を虐待したクラスタの一人である。その責任を将也一人に負わされた時、彼女は一体何をしたであろうか。

そして、将也は硝子への激しい慚悔と自責の念、そして植野を含めた人間不信の無間奈落に藻掻き、硝子への贖罪のために手話を習い、170万円もの死亡支度 金を血の滲む思いで稼ぎ、その上で自殺をする寸前まで思いつめていたのである。そうした地獄の底を這いつくばっていた間、植野直花は一体何をしていたの か。

「友達に‥なれるか?」と、最期の言葉のつもりで発したその手を、西宮硝子はぎゅっと握りしめた。将也の命を救った手である。
石田将也はその瞬間、かつての悪童ぶりを脱皮し、硝子のために削り、身を捨てることを誓った。俺は一度、死んだ。生まれ変われたのは、硝子のお陰だった。
そうした将也に、植野は一体何が出来るというのだろうか。
小学時代と同じく、悪童の儕として将也に接しているというのならば全くお門違いであろう。塗炭の苦しみを知ろうともせず、ただ「ずっと将也が好きだった」石田は変わったね

それだけでは、石田将也の心を振り向かせることも、西宮硝子からも引き剥がすことは絶対に無理である。将也は変わった、私の嫌いなタイプになってしまっ た。お前の好き嫌いなんてどうでも良いし、そんなの知らねェよ。それを言うなら植野、お前は何にも変わってない。
将也は植野に自らが身を以て経験したそうしたどん底を語ることはないだろう。そして、植野が将也に対する執心を強める度に、将也の心は遠心分離してゆく。 そういうものなのである。

「石田をこんな風に変えてしまったのは西宮硝子、アイツのせいだ」

逆恨みしてはいけない。植野からしてみれば猫カフェで、それこそ猫を被ってまで将也への想いを伝えようとした、将也にあげたはずのポーチを、彼はあっさり と硝子へのプレゼントとして贈ってしまった。それを聞いた瞬間に、植野は将也の心が硝子にある事を知る。そして決して足掻いても届かない自分の思いに対す る苛立ちを、硝子にぶつける可能性も捨てきれない。
しかし、その時点で植野は戦わずして硝子に敗北する。そう、全てにおいて植野はあまりにも遅れた。地獄を味わい、諦めたもの、取り戻したもの。それを知る 将硝の絆に、植野が介入する島はないのである。

名言蒐繙

人を外側で判断する人は石田君にふさわしくない(永束友宏)

全身ガクブル状態の永束が冷静を装って植野を見抜いた台詞。まあ、永束とは二度目の表向きな出会いで、その内面を知らない植野からすれば余計なお世話ではあるのだが、石田がどん底を経験したことを知らない植野からすれば、そう言われるのもあながち間違いでは無いだろう。

西宮にあげるって決めたんだ(石田将也)

意識せず、理由無き決断。そこにある本質は将也が意識的に思っている以上に、硝子にとってどうすれば喜んでくれるのか、どうすれば少しでも傷を癒やしてあ げることが出来るだろうか、という事である。そうしたさり気ない気持ちこそに、何人たりとも動かせない、深い想いというのがある。

あんなさえないのとツルんでんの?(植野直花)

永束の言葉を裏付ける植野の台詞。この言葉で、将也の心を更に遠ざけることになる。植野にしてみれば、島田や広瀬とは正反対のタイプと友達ということに 「らしくない」的な感覚で言ったのだろうが、少なくても心を許した自分の友人をそんな風に言われて何とも思わない人間はいないだろう。

私のこと嫌い?(植野直花)

暗に嫌いじゃなかったら私と付き合わないか。というニュアンスにも受け取れる。何とも思わない、嫌いと言う言葉はあまりにも強い。植野は変わらない石田を 淡く望んだその媒体に西宮硝子を挙げるのだが、悉く裏目に出ることになる。自分のことを挙げる前に、植野は将也に言うことがあったはずである。

あれ俺があげたんだ(石田将也)

将也の心が西宮硝子にある事を悟った言葉。その言葉の直後に、植野は自分の嫌いなタイプに変わってしまった将也と、そんな風に彼を変えてしまった硝子に対する瞋恚の炎を燃やし始めてはいないかと危ぶむ。将也への拘りを強めるたびに、将也の心は離れてゆく。植野に出来ることは一体何か。まあそれはいずれ人物考察で。