酷評のコンテスト。商業主義の先にある真実の答え

勝敗の向こうにある本当の価値。将硝に共有す、小さな想い

~チーム永束の努力を盲賛する将也、距離を置く島田の一言に価値を見、笑顔を見せる 硝子

▼映画が一次選考を通過した。著名人達の評価を聞けると言うことでチーム永束は二次選考の会場に勇んで出掛ける。しかし、審査員の評価はオールサベージ。 打ち拉がれた永束らは互いが原因だと罵りかけるが、将也は何よりも最高な作品だったと褒めちぎる。その様子に一瞥した島田一旗があのような連中に評価され て嬉しいのかと突き放した。その一言に将也らは自分たちが成したその本当の価値に気づく。ファミレスで反省会をする一同。硝子にお子様ランチを勧める植野 に、硝子は初めて心からの笑顔を見せるのだった。

総合評価★★★★★(+ 5)

第58回「成果」 アトモスフィア・イメージ それでいいよ中西 保志

酷評は千尋の谷に突き落とす獅子の仔。才能を見越した専門家のアドバイス

大物著名人映画作りの目的は、優勝賞金の獲得だった。何気ない広告に一縷の興味を示した将也が切っ掛けで始めた、趣味の集合体。
それはいつしか、チーム・永束そのものの大義となって将硝を軸に小さくも、大きな絆となって完成した映画となったのである。
シネマコーデネーターとか、ストーリーアナ……うんぬんとか、横文字の肩書きがつくどうやらお偉い業界の方々に、永束友宏は浮き足立つ。
しかし、刄ヶ谷龍月の論評は実にけんもほろろに、容赦の無い完膚なきダメだし。作品全体から、監督・脚本・衣装、主演に至るまで、あながち間違っていない核心的なウィークポイントを突かれて木端微塵に玉砕されてしまうのである。

■才能がないとは言っていない

しかし、鷹岑はここはさすがに業界のプロとも言える専門家たる当たり前のだめ出しであると思えるのだ。実際、現実で今第一線で活躍する多くのクリエイター達は、若かりし頃は彼ら以上に襤褸糞に言われ、また完膚なきまでに叩きのめされ自身を悉く粉砕されてきたのだという。
ここで永束らが思うべきこと。刄ヶ谷は、チーム永束に「才能が無い」とまでは言っていないことである。
第一線で活躍するプロが、井の中の蛙の俄仕立てに夢と現実の大きな違いを厳しく指摘するのはむしろ当然の話。だが、彼はそれでも永束らに「才能が無い」とは言わなかった。これはとても勇気づけられることではないだろうか。
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とし、這い上がってきたものを育て上げるという伝承がある。ダメだし
まあ、本当に歯牙にもかけない作品だったとするならば、プロも論評は多くならないものだろう。刄ヶ谷の指摘はチーム永束の弱点を的確に指摘し、改善の余地 という意味で永束らの将来性に期待を寄せる遠回しの言い方になった。ある意味、最高の評価と言っても過言ではないだろう。

■刄ヶ谷龍月の指摘について

作品総論…作品に言い訳は要らないというのはまさにその通りであり、その作品に触れた人間が、その作品をどのように評価したかどうかが全てである。もちろ ん、鷹岑がこうして考察記事と称するものを書いているのも、あくまで鷹岑個人のものであって、他者に強制するべくものでもない。

脚本…ある意味川井らしさを如実に表現した脚本と言うことだが、プロの脚本家でも素人以下という作品もままあるのでこれは刄ヶ谷の好みの問題と言っても過言ではないのではないか。

喧嘩しかけ・・衣装…生地もデザインも安っぽいと言うことだが、まあ高校生の文化祭の延長線で予算という問題もあるからこれは仕方が無い。佐原はともかく、植野のキレキレな表情が印象深い。

音楽…島田にとっては鼻で一笑に付す、と言った感じなのだろう。

主演…真柴の特徴でもある眉毛の太さというのは、逆転の発想で役者としてのインパクトがあるという見方も出来る。

結絃のコスプレ…これは確かにそう見える。前回の映画カットで、一番に目を惹いたのは結絃がやはり母姉妹まごうことなき美人揃いなんだろうなと言う事であろう。まあ、余程特異なものでない限り、ヒロイン格に注目が集まるのは当然と言えば当然の話ではある。

総じてプロの眼というのはやはり、非常にシビアなものである。ということだ。

糞みたいな奴に…

島田一旗チーム永束の努力を認めようとしない審査員達に掛け合おうとする将也を、冷徹な言葉で釘をさす少年・島田一旗。彼をして刄ヶ谷らを「糞みたいな奴」と言い放ったのは、ある意味反骨精神の成せる技ではある。
と言うよりも、島田の経緯は将也目線でのみ一部で語られるだけであって、学生なのか社会人なのかは分からない。ただ、彼の中では一抹に石田将也に対する思 いの底流があると言うことを表現されたひと言である事がすごい。そのひと言で、将也らはその映画作りの意義を知り、本気ではなかった。という前向きな思考 で一致を見ることが出来たのである。
それにしても島田が登場する場面を改めてみると、随分と独特の光のようなものがバックグラウンドにあるかのような印象を受けるのだ。
小学生組の中で、特別に出番の少なかった島田こそが、誰よりも将也のことを心配していた(西宮硝子は別として)のかも知れない。そして、自らが進み出て将也への贖罪と宥和を図る立場でもない、と言うことを一番よく分かっているのであろう。

硝子、満面の笑みへ

満面の笑顔映画の賞は惨憺たるものだった。だが、それ以上に得るものが大きかった。という陳腐な言い回しだが、西宮硝子にとっては僥倖の連続だったと言える。
自暴自棄とも言える自殺未遂。その身代わりとなって三瀬川に舟予約をすることになった石田将也。植野らからの烈しい打擲。そして改めて気づいた、硝子の将也や、植野ら自らの人生を大きく変えることになった人々に対する想い。
賞そのものはともかく、一度は壊れてばらばらになってしまったチームを、硝子は自らの力でとりまとめてゆき、一つの作品として完成させることが出来た。一 つの大きなプロジェクトを達成させたという安堵感が、彼女の心に科していた重い枷をようやく、取り払うことが出来たのだろう。ケタケタという肩を揺らすほ どの笑いは、植野の冗談をやっとひとりの人間として、またひとりの“仲間”としてナチュラルに受け止めることが出来た、大きな証なのである。
そして、そんな硝子のナチュラルな笑顔を引き出せたことの感動は、誰よりも結絃が大きかったというのも、また然りであろう。


おはよう (石田将也)
世界が晴れ渡ったその時。なかなかイケメンや可愛い子が多いクラスと言うことが分かる。あな勿体無や。
私の衣装がポルノ (植野直花)
最近のAV業界というのも、なかなかクオリティが高くなっているそうで、一概にポルノと言われて卑下する時代でも無いとかなんとか。
は? 僕ひとりのせいですか? (永束友宏)
植野へのトラウマが進化して今や良いコンビとなりつつある。永束と植野が良い感じになるという二次小説も今となってはありかも知れない。
みんな最高だろうが!! (石田将也)
皆の声を全部聞く。全部見る。またも極端だなと感じる昨今、石田将也は更に理想論者化してきているような。
糞見てーな奴 (島田一旗)
プロの評価をそう断じる島田。しかしそれは所詮足掻きだが、将也らにとっては、それまでの価値観を瞭然とさせるひと言だったに違いない。
お子様ランチ (植野直花)
結絃にそう勧める植野。姉妹との会話を通じて、ナチュラルに、普通に冗談を言い相槌を打てた瞬間、硝子はやっと自然体になれたのである。