大天使・西宮硝子、主人公・石田将也を通 じ読者の心を捉え続けて名を残す

聲の形・第7集(最終集)▼聲の形 第7集(終)

総合評価★★★★

物語の佳境である第53回~第62回(最終話)を収録した最終集。主人公・将也とメインヒロイン・硝子。二人の運命の行き着く先は……。

2014年の後終盤にかけて、漫画関連の受賞や劇場版のアニメ化など、何かと話題となった聲の形がいよいよ最終回を迎えると言う事だが、本編はそうした時 宜としたクライメイトに相応しく、また沿うような終結を迎えるに至っている。
奇蹟的な将也の快復と、メインヒロインとしての西宮硝子という存在が更に強くなり、互いになくてはならない存在。と言うことを直喩して、“物語”としての 聲の形という作品を、全62話のフレームに無難として収斂させたと言えるだろう。

しかし、読切版から受けたインパクトや、本編連載当初に示されたコンセプトから比較すれば、得に最終集は読後の心象としては意外にもフラットであったこと は否定出来ない。
やはりこの作品が提起してきた障碍者に対する虐遇や、その加害者である主人公も受けた悲惨な過去を、重苦として歩み続けてきたという前半こそは、被害者側 や加害者側の立位置にあって復読しても、生々しいほど過去に経験したこと、或いは経験しかけたことなどを想起する現実性が悉に見られたが、メインヒロイン である西宮硝子が、前集から今集に掛けた、その“存在価値”を高める経緯を踏むに連れて、そうした現実性から物語としてのトーンを強めていくのである。
物語そのものとしての聲の形は確かに完璧であったのかも知れないが、障碍者の存在と、いじめ問題という社会の暗部をダイレクトに追窮したことで大いに社会 を震撼させ、編集部サイドまでが賛否二分したとしている作品にしては、至極無難にまとまったといえる。
こうした重厚かつ複雑なテーマを六十数話でまとめ上げるというのはなかなか至難の技ではあり、作者・大今良時氏の技量の高さをひけらかした結果ではあるの だが、将也や硝子を取り巻く人物相関は結局、各モノローグを含めて本質的に「悪い人」はいない。というある種のベントを設けることで、表面的な感動を惹起 し、本来聲の形が提起してきた筈のコンセプトそのものを読者に深慮させるといった疑問を希釈させた、巧妙さが見てとれなくもない。実際に、ほぼ全てのキャ ラクタがセーフランディングしている。

大今氏は本誌やネット関連のインタビューで作品に対する姿勢を示してはいるのだが、「敢えて読者に分からない部分を設けた」とも述べているとされる。
技術的にはそれは大いに有りだとは思うのだが、聲の形が社会に示した基本理念を考えると、果たして「分からない部分」を設けてしまって良いのかという、一 縷の疑問は払拭されないところもある。
また、大今氏も認識はされていたようだが、読者層には西宮硝子と、もう一人のヒロイン格・植野直花の両派が存在したという。ラブコメとしての立位置なの か、純粋に個々のプリンシプルとしての西宮・植野の“代理戦争”なのかはともかくとして、そうした立場で捉えた場合でも、いずれも植野の最終決断は、決し て強烈な心象を刻むものではないと言えるのである。
物語としての流れも将也快復後はそれぞれの主要キャラクタが「東京」を意識し、現代若者としてのポピュラーな部分を強調。最終盤は一息に時間を進めること になる。
終結は「トラウマに立ち向かう場面で…」という大今氏だが、技術的にはそれで良いという反面、構想そのものとしてはそれが精一杯だったとも取れる。
竜頭蛇尾という言葉はやや言いすぎかも知れないのだが、そう言う意味で石田将也と西宮硝子という両主人公の存在と、二人を取り巻くメインキャラ達の相関関 係が、遊びもないほぼ完璧な線で繋がった故の、現実性としての無機質さのほうが能く滲出した結末であった。

石田将也年代記クロニクル、喝采の中に帰結

●シンデレライズム・西宮硝子 vs ノーマルイズム・植野直花

とある町の少年。退屈な日々を抜け出し、自ら波瀾の生き様を冀った。西宮硝子という聾の少女は、そんな彼のひとつの願望を叶えうる存在として1年有余、読者と共にあった。
硝子は万夫不当のヒロインとして君臨し続け、石田将也という本編主人公が綴る青史に常にその名を刻み続けてきたと言える。聾という設定を取り払ったとしても、硝子のキャラクタそのものは、やはりシンデレライズムである。
将也に想いを寄せてきた植野直花はそれでも悲劇のヒロインではないと鷹岑は個人的には信じていきたい部分がある。

確かに植野はそう言う意味で硝子に敵うべき相手ではなかったのかも知れないが、非常に現実的なキャラクタという事からすれば、聲の形そのものの別アングルでの主人公であったという見方も、すとんと腑に落ちる。
そう言う意味で、大きく植野に対するウェイトを置いて読み進めてみれば、確かにラブコメディとしての聲の形として、硝子と植野は両の車輪であった。
まあ、考えてみれば硝子は設定のハンディキャップを考慮すれば有利な設定を要したのではあるまいか。物語の性質上、硝子はそこを補完しうる部分が必要だったと言える。
結果論になってしまうのだが、将硝に直接係わる植野や川井らが根本的に弱さを内包し、結果的にいい人だった。という方向性で収斂する以上、どうしても硝子はシンデレラのような構想的祭り上げが不可避であったと考えるに可笑しくはない。

カスタマレビューでは触れてはいないのだが、そういうことを考えると、聲の形の物語そのものや、個別のキャラクタそのものに対する思い入れが深い人は西宮 硝子、この作品の意味するところ、現実とのコンパリソンを重視し、尤も「凡庸な人間」として捉えた場合は植野直花という指向性があると考える。
終盤は序中盤のように、読者の心底を鋭利な刃物で抉り取られるような、胸底からこみ上げてくる疼痛は鳴りを潜めて、単純に非業の淵を彷徨った将也と硝子がぎこちなくも再びその手を取り、再起してゆく様にフラットな感動物語となった。
過去の慚悔と贖罪に陥溺した後半最大の山場を越えた先には、寥然とした澄み切った青色の平原だった。

聲の形SS「永遠の青方変移」

将也と硝子の関係は「永遠に惹かれ合っているが、絶対にひとつになることはない」。つまり心という宇宙空間に喩える青方変移である。と考察当初から指摘して来たが、果たしてそれが的確だったかどうかはこの記事を読んでいる諸卿に任せることにしよう。
さて、聲の形については連載当初から無事に考察記事も完走させたことだから、これ以上何も言うこともないだろう。
最後に、散々狼少年の如くSS書くぞSS書くぞ!と言ってきた手前、簡単ですがここに載っけてみようかと思います。

 

永遠の青方変移 featuring それでいいよ from 中西保志

 ふと思った。成人式が、いつ昨日のことのように思える。
 布団から覗く小窓に広がるやや白んだ空。少し寒いなと思ってのそのそと這ってみると、粉雪が少し舞っていた。
 階下からは朝のテレビ番組の音とケトルがちんちんと音を立てている。そろそろ朝ご飯だろう。
 眠い目を擦りながら段を降る。もう跳ねても大丈夫。自分の事ながら、時々凄いなと意識する。
「おはよ」
「あら、おはよ」 いつもの挨拶だ。マリアは夢中になってパンやベーコンエッグに貪りついているのも今日も息災な一日の始まりを意味している。
 でも、少し違った風景があった。店への出入口の扉のガラスからちかちかと光る青や赤、黄色のLED。
「お母さん、あれって……」
「そろそろクリスマスイブでしょ。雰囲気出さないとね」 そう言えば、もうクリスマスなんだ。道理で寒いと思った。
「フフフ」 あさっての方向を見て唸っていた俺を、お母さんは横からジト目で揶揄い半分に覗き込んできた。
「なに?」
「なに? じゃないでしょ。アンタ、今年からはクリスマスボッチじゃないんだから、ほらチャキチャキ食べて着替えなさい!」
「は? なんだよそのクリスマスボッチって……」 慌てて声が上擦ってしまった。多分、頬も紅潮していたんだと思う。
 お母さんに煽られて朝食を掻き込んだ俺は、着替えて再びテーブルに。コーヒーを一杯淹れてまったりとしようとした。
「ショーちゃん、そろそろ硝子ちゃん来るんじゃない?」
「んー」 そう。西宮は家を手伝ってくれている。毎日じゃなくても良いとは言っているんだけど、いつからかほぼアルバイト状態で、お母さんも大分助かって いるみたいだ。腕もなかなかで来客の評判も良い。常連のひとりは簡単な手話まで覚えたようだ。まあ、西宮目当ての奴は俺が追い払ってやるけど。
「今日は休んで良いからねー」
「え? だって今日予約キツキツじゃん。お母さんひとりじゃ回せないでしょ?」
「なーに一人前みたいな事言ってんの。人を年寄り扱いしない! 今までひとりでやってきたんだからナメちゃ困るよ」
 でもと俺は反論しかけたが、お母さんはイライラしたように言った。
「硝子ちゃんのこと、もっと良く考えてあげなさい!」
 つまり、そういうことらしい。そう言えば、西宮はイブの日は別の用事があるって言ってた。教室主宰のクリスマスイベントとか、旧友のパーティとかえとせとら。俺とは違って人気があるからなあ。
 でも、そのことを言う度に何か申し訳なさげに何度も頭を下げていた。気なんか使うこともないのに。
 コーヒーを飲み干したと同時に、店のドアベルが鳴った。9時。来たようだ。
「硝子ちゃん、おはよう」 お母さんが店へのドアを開けて挨拶すると、西宮はぺこりと頭を下げる。西宮流50°のお辞儀。俺が名付けた。
「おっす、西宮」 ゆっくりと家に上がる西宮。にこりと笑いながら50°。長くふわふわとした髪に少しだけ冷気をちりばめていた。白い顔が霜焼けっぽく僅かに赤い。
「コーヒー淹れるよ。座って」 こくんと頷き、西宮がいつもの席に座る。最近、日課のように俺がレギュラーコーヒーを淹れて西宮に出す。最初は苦いというからコーヒーが苦手だったらしいが、今は普通に飲む。だが、俺が淹れたコーヒー以外の場所では飲もうとしない。
「砂糖、2個にクリープひと匙ですねお嬢さま」 手話で伝えると嬉しそうにうんと頷くが、お嬢さまのくだりに唇を結ぶ。
「ショーちゃん! いいわね!」 お母さんの念押しが聞こえてきた。はい、分かりました。
「あのさ、西宮」 「?」 真っ直ぐ、西宮は俺の顔を見つめる。
「その……、今日お店休んで良いって」 「!?」 顔面蒼白で驚く西宮。首をぶんぶん振ったり、何かまずいことでもしたのか、みたいな大慌て振り。
「ああ、違う違う!」 俺が高速ゼスチャーで瞬発フォローをくだし、事情を説明した。
「!」 驚愕の表情に霜焼けとは明らかに違う赤らみを頬に浮かべて、やがて恥ずかしそうに首をかくんと下に向ける。
「せっかくだから……出掛けよう?」 西宮を覗き込むようにそう伝えると、彼女はそのままの姿勢で50°をした。危うく、椅子から落ちるところだった。

 西宮も俺も余所行きの服ではない。格好付けて言えば着飾らない、とでも言うのだろう。でも東京に行って来た西宮からすれば、流行の何たるかも知ってい る。仕事で来ていきなりハイ今日は休み、将也とどこかに行って来ても良いよ。では、美容師としての沽券に関わるかも知れない。つまり、ダサい格好で街中に なんて行きたくない、そう思っても不思議じゃないはずだ。
 ちらりと硝子を見る。背が低い。と言っても俺の頭一つ分だが、長い髪越しに見えた長い睫から覗く綺麗な瞳は、心なしか嬉しそうに潤んでいるように見えた。いや、俺がそう思っているだけなのかも知れないけど。
「?」 視線を感じて顔を上げる西宮。慌てて正面を向く俺。そうか。気がつけば俺と西宮は並んで歩いていたんだ。
「寒くない?」 月並みなセリフにも、こくこくと西宮は微笑みを込めて頷く。
イルミネーションが溢れる街。ノーベル賞をもらった偉い先生達のお陰で、夜になればいろんな色の光がクリスマス一色の街を飾る。
 西宮と一緒の時間が多くなってきてから、意識するようになった。これはきっとデートなんだろうと。今まではそんなことをサラッと考えることはなかった。 だが、こうして西宮と並んで歩いていると、思う。そして、彼女の表情や長い髪を見るたびに感じる。一緒にいると言うこと。西宮と話しているということ。西 宮が見せるひとつひとつの表情の変化がどうなのか。なんか最近、特にそれが楽しくて、わくわくする。
 アミューズメントでぬいぐるみキャッチャーをした。自慢じゃなけいど、西宮が東京に行っている間に永束君から特訓(?)を受けて結構得意になった。映画作りだけじゃない意外な才能もあったようだ。実は結構取ってはいたが、殆どがマリアに接収されて俺のものはない。
「おお! ねこっしーゲッツ!」 奇っ怪なネコ型ぬいぐるみだった。ハラハラしながら俺の操作を食い入るように見つめていた西宮の歓喜満ち満ちた様子に、 俺もまるでやんちゃをしていた子供の頃のようにはしゃいでいた。ハイタッチなんて一生することもないだろうって思っていた。
 植野に紹介された店で貰った、ネコのポーチ以降、ちゃんとしたプレゼントを西宮にしたことがなかった。
「こんなんでもいい……かな?」 我ながら恥ずかしい気持ちだった。男だったら女の子に贈りものをするならそれなりなものをやれよ。
 でも、西宮は何度も首がもげるかと思うくらい満面の笑顔で頷きながら、俺が取ったその奇っ怪なネコ型ぬいぐるみを愛しそうに胸に抱きしめていた。
 それから、ショッピングモールの中で昼食を摂った。どこに行っても手話での会話は衆目の関心を集める。それでも良い。好奇の目も気にならなくなるくらい、俺は西宮と会話したかった。尽きることないわき水のように、彼女を意識すれば話題が溢れてきた。
 そんな時間というのはあっという間に過ぎてゆくものだ。いろんな場所や店をウインドショッピングなどをしているうちに、ぱっと目の前がカラフルな光に包まれた。イルミネーションが点灯したんだろう。
「西宮! 行こう」 俺は西宮の手を掴む。いつしか、自然に彼女の細くひやりとした手を取り、しっかりと握りしめていた。西宮も途惑いながら俺の手をしっかりと握りしめてくれた。それが嬉しかった。

屋上から見下ろすイルミネーションの街に、思わず息を呑み、声を上げた。
「……!」 西宮も固まったように、眼下に広がる光景を見つめていた。吸い込まれるような青の世界に、俺も西宮も同時に大きく息を吸い、色が変わると、はあと吐く。ふと彼女と目が合った。同じような仕草に、どちらともなくケタケタと笑った。
 そして自然と、視線が離れなかった。
「……」 ふと、西宮が微笑み、手話で言った。「今日はありがとう。とても楽しかったです」
「うん。俺も……」
 そして、西宮は俺に向いたまま恥ずかしそうに少し項垂れた。
「西宮……」 ありがとう、楽しかったです。そんな言葉でも、西宮の言葉だから胸に沁み込んでゆく。多分、頬を染めている顔を見られるのが恥ずかしいんだろう。俯く彼女がとても愛しく見えた。

……ふわ……

 突然に温かさに包まれる感覚に、西宮はきっと驚いただろう。俺はそっと、そのまま西宮を抱きしめたんだ。小さな肩と長い髪越しに包んだ細い背中が、微かに震えているように感じた。
「にしみ……硝―――…子――――」
 俺の声に反応するように、西宮の腕が途惑いながら、俺の背中に回った。
 服越しでも微かに、それでも確かに感じる西宮の息遣いと、胸の鼓動。今ここにいる。今、確かに生きている。共に支えあいながら生きてゆこうと願った日。
 俺たちは多分、これからもぎこちのない関係なのかも知れない。抱きしめるのに、こんなにドキドキするくらいだ。恋人らしいことなんて夢のまた夢だと思う。
 それでも、西宮は返してくれる。こんな俺でも、受け止めてくれるのが、たまらなく嬉しいんだ。それでいいんだ。
 そっと身を離すと、硝子は多分、頬を真っ赤に染めて、それでも笑顔で見つめてくれていた。
「あ……、クリスマスイブって、今日じゃないよね?」
 俺が思わずそんなことを言うと、西宮はこくんと頷き、そしてクスクスと声を出して笑ったんだ。

終わり