人権と自由のない無機質な国策恋愛に翻弄される4人

恋と嘘 第2集恋と嘘 第2集

評価★★★★

高崎美咲に想いを寄せながらも、「ゆかり婚」という国策恋愛によって真田莉々奈との交際を奨励される主人公・根島由佳吏。
感情を端緒とする恋愛ではなく、国家の情報統轄によって宛がわれる男女交際。由佳吏を廻る高崎美咲と真田莉々奈に、親友の仁坂悠介も絡んだ複雑な人間関係 が、人権と自由無き世界の中で静かながらも泥ついた感情が交錯する。
MB異色のヒット作で、単行本用の再編集による第5話~第9話を収録。
今集は前集で話題となり人気が急上昇した仁坂悠介に焦点が当てられることが多く、美咲への想いを強めながらも、莉々奈の醇朴さにも惹かれ始めている由佳吏 の不安定さに更に色が付く展開に注目。
また、政府通知と称する国策恋愛奨励の不気味な無機質さが一条・矢嶋という官僚機構を通して慄然とさせる場面が散見される。
単に美咲と莉々奈という二大ヒロインに、仁坂という美少年を加えた思い入れで語るエレメンタリーなラブコメディに収束されず、この世界観が基本的人権や、 自由が無い非民主主義という統制化された社会の中にあると言うことを認識した上で、由佳吏や2人のヒロイン、そして仁坂らがそれぞれそうした社会に対して 従順となるか、敢えて自らの想いを信じ、国策に反して事実上の社会的抹殺をも覚悟した反骨の行動を遂げてゆくのかという究極の選択肢を求められるXデイに 向けた、一種の精神的ハードボイルドの色彩も見える作風であると言えよう。

ハッピープロジェクトとは様相を分かった、国策恋愛管理の闇

■盲信者発生によって一歩身を引き俯瞰する

さて、この「恋と嘘」も、鷹岑がMBやコミコなどと言ったウェブコミックスライドによる注目作品収集の中で発見し、連載当初から一定の注目をしている作品 のひとつではあるのだが、いつの時代でもどんな作品や作家に関しても、少なからず信者やアンチテーゼは存在するもので、この漫画に関してもそうした信者層 の盲信的な来迎礼賛に一定の距離を置くこと已むなしと言った感じなのである。
まあ、メインヒロインは誰なのか、という話題にはなるのだが、こう言うラブコメには殆ど必然的に2人のヒロインが置かれるので、恋と嘘に関しては、高崎美咲と、今集の表紙を飾る真田莉々奈の2人と言うことになるのだろう。
しかしながら、単純に黒髪清楚系の高崎美咲派か、醇朴高飛車令嬢然とした真田莉々奈派かと言った陳腐なヒロイン論争に終始すると言うほど、世界観は狭隘なものではないという基本設定がこの作品にはあった。

■人権無き不気味な科学の赤糸

厚生労働省・一条か つて週刊少年マガジンで連載されていた落合ヒロカズ氏のハッピープロジェクト(HP)もまた、国策による恋愛管理という厖大な世界観の下で男女数人の人間 模様を描いてきたが、矮小に収束されてしまったHPとは違って、恋と嘘はそうした国策恋愛という統制社会の不気味さ、深い闇を基本理念として活かしてい る。厚生労働省の一条・矢嶋という官僚機構の手先が頻繁に主人公・根島由佳吏の元を来訪して政府通知と称した一種の赤紙的な恋愛対象である真田莉々奈との 結縁を強く押しつけようとする。
国策に反すれば、事実上の社会的抹殺。という末路が待っているというところはHPとほぼ同じで、恋と嘘の場合は、国家の手先である2人の官僚が由佳吏らを 監視し、由佳吏と美咲の想いを非情に絶つような恐ろしさを秘めているところがこの物語に引き込まれてゆくリーズンなのかも知れない。

しかし、一方では感情による恋愛か、国が情報を統轄した上で相応しいパートナーを宛がう国策恋愛か、という基本理念は、ある意味現実の現代社会が持つ恋愛 に興味が無い若者たちへの皮肉や警鐘を込めた中身なのであり、故に単純に盲信者やアンチがそれぞれに批判や疑念を呈することへの激しい駁撃を加え、また MBなどの編集部側も、美咲や莉々奈のポーズの自撮りによる読者応募サービスがどうとかなどと言った、際物の販促風潮などに止まるべきものではないような 気がするのである。
厚生労働省・矢嶋
恋愛をする気力無きは単純に若者達の価値観の変化なのか、社会的経済的格差がもたらした避けられない副産物なのか。人が自然にもたらす恋愛感情が大切だと は言いながらも、現実社会では人間関係が極めて希薄となり、隣人であってもいつ凶悪犯罪者になるかも知れないという疑心暗鬼に陥りやすい世の中である。
そうした中で、恋と嘘が基本理念として導入した、この国策恋愛管理、科学の赤い糸という概念は、近い将来に現実のものとなる政策たり得る要素でもある、必ずしも荒唐無稽なテーマでは無いことを、読者達は現実論として捉えてみても面白いだろう。

そしてハッピープロジェクトの世界観も然りで、こう言う国策恋愛管理をする世界では、基本的人権は存在しない社会である。国家に反すれば非国民、社会的制 裁ではなく、社会的抹殺が待っている世界。御上が斡旋した相手ではなく、自らが想い貫いた相手と添い遂げる。ロミオとジュリエットかくや――――とばかり もカッコイイかも知れないが、世の中そんなに甘くはない。自由恋愛も良いだろう。

しかし、『飯を食えなきゃ二進も三進も、惚れた腫れたじゃ生きては行けぬ愛の重さも金次第』などという都々逸も作ってしまえるように恋愛そのものは見映え が一番だが、長く連れ添うためには生活をせねばならないわけで、国策に反すれば社会的死がある。なかなかハードボイルドではないか。

■高崎美咲派か、真田莉々奈派か、或いは第三の仁坂悠介派か

国策恋愛管理は別な意味で理想の形態なのかも知れないが、性的マイノリティにはなかなか辛い。美咲や莉々奈は男性向視点としてあっちが良いこっちが良いと健康的な男子男性のヒロイン論に酖溺出来るかも知れないが、中性的な美男子に描かれている仁坂悠介仁坂悠介には、この作品を読んでいる女性達への受け皿的要素が色濃く滲んでいる。
まあ、根島由佳吏は主人公の宿命とは言うものの、当初設定していたことや自虐的に「僕は非モテ」とは正反対に、性別を超えたハーレム状態である。どこがモ テない男なのだろうか、という話であろう。政府通知が一枚来たことで連動されたように彼を廻る非人権世界の静かな精神的闘争は国家という巨大な利権組織に 立ち向かうにはあまりにも矮小な少年少女4人の悲劇的な道化とも言えなくはないだろうか。

まあ、非現実的な世界設定だとはいえ、一少年少女がそうした巨大国家の婚姻利権構造に立ち向かう、恋愛梁山泊結成という訳には行かないだろうからこその悲 恋をベースとした面白さというのがあるのかも知れない。恋と嘘を厚く支持する層は、単純にヒロインが可愛いとか仁坂がカッコイイという部分だけで支持する 表面的なものではないと思うから、今更鷹岑が講釈を垂れるまでもあるまい。

まあ、それでも敢えて言うならば、鷹岑は根島由佳吏派、とだけで言っておこう。美咲は今流行の言葉で言えば清楚系ビッチか。莉々奈はお嬢様系だが莉々奈を選べば国に屈する。懊悩する仁坂は恋と嘘のある意味第二の主人公とも言える、両雄並び立たずだ。
この作品のタイトルロジックである、「噓」は、まさにそうした国家の非情政策に「無駄な」抵抗を試みようとする4人の悲しい心模様だと思えば、酒肴のひと つとして読み進めることが出来る。メディアミックスのやり過ぎで、本来の基本理念を散逸しないように、作者ムサヲ氏には心して描いていって貰いたいもので ある。