ホリデイラブ~夫婦間恋愛~ 人物考察①

井筒里奈 井 筒  里 奈

~妄執と依存に自傷する、哀痛なる人妻

▼固執を愛情と履き違えた自己陶酔、覚悟を決せず保身に奔る


結論から言えば、井筒里奈はかなり強いナルシストであり、かつ他者への依存が激しくプライドが高い性格であるように思えます。物語の上では彼女は高森純平 に対しては恋愛と呼べるような感情はただの一度も懐いたことはないでしょう。
里奈は夫である井筒渡との結婚生活の中で、一女を儲けるなどその夫婦家庭生活環境は必ずしも不順なものではなかったのだと考えられます。ただ、彼女が不倫 に奔る切っ掛けとなったのが、渡のドメスティックバイオレンスであると言うように示唆している訳ですが、鷹岑はまず、彼女がインターネットの出会い系サイ トにアクセスしたことに注視しています。

ネット社会の普及と一概に結論づけてしまえばそれまでだが、渡との離婚後の生活設計や、それに至らずとも現状に対する不満の捌け口を求めているだけにした としても、顔の見えない出会い系サイトというリスキーな世界に手を延ばすという彼女の心情には、単純に夫婦関係の冷淡化と不安・不満、そして暴力という肉 体・精神的な苦痛からの緊急避難を図るためのものだった、という考え方は危険であるように思うのです。

▼役者の仮面を被った出会い系のリスク

高森純平が里奈と出会う切っ掛けとなったのも、会社の同僚の軽い誘いから出会い系にアクセスしたからという事でも証明されているように、この出会い系とい う舞台は、正に舞台であり、そこに書き連ねる人々は多かれ少なかれ自らを「役者」気取りにするものでしょう。
少なくても、出会いを求めるということなのですから、自らを悪く書き立てるわけではありません。アクセスしてきた相手に対し、その「文面」に共鳴する部分 を見つければ、返信をするでしょう(もちろん、財産詐取などの悪しき目的を除きます)。すでにその時点で送る相手・送られる相手は役者となって自らを飾り 立てるようになるものです。
実は井筒里奈はそうしたアクトレスドランクに極めて秀でた才能を持っているのですが、それは彼女の本質であるナルシシズムが成せる芸当であることは言うま でもありません。

確かに里奈は渡のDVに悩まされているのですが、彼女がどれほど本気で渡との結婚生活から解放されたいと思っているのか、疑問符がつくことは間違いがあり ません。
物語では既に表現されていますが、夫・高森純平の不倫が発覚した妻・杏寿の行動は一旦距離を置く(別居する)というものでしたが、里奈の場合は夫である渡 を含めてそうした距離を置くという選択肢を出していないわけです。
つまり、里奈は渡のDVを理由として結婚生活の破綻を大義として出会い系に手を出したと言うように思うのですが、本質はそこではなく、里奈は自らを「大舞 台で輝く女優でありたい」という自己愛精神の欲望あるがままと言うことなのでしょう。
物語を読み進めてゆけば解るのですが、井筒家は渡も里奈も離婚どころか、別居という事実上の結婚生活の終焉に消極的なのです。
渡はプライドが高く冷淡とも言えるほど現実的な言動を取っているのですが、本質は里奈と別れることを忌み、高森純平と杏寿に不倫そのもの原因があると転嫁 しようとしていました。自らのDVが原因の一端という事を暗に感じながらも、里奈が純平と肉体関係を持った現場を直視しているわけですから、純平や杏寿が 最も悪いと考えるのは男性として寧ろ当然なのかも知れません。

▼現実が素地にある“ひと目惚れは、絶対に長続きしない”

物語を進めてゆくと、里奈は巧みに純平に対して飽くなき情愛の想いを熟熟と述べてゆくように描かれています。
しかし、そもそも純平との出会いの端緒がそうした「出会い系サイト」であることからしても、必ずしも里奈が純平からのファーストコンタクトに返した文言 に、真剣性があったとは思えません。出会ったところ、大手ゼネコン期待の中堅社員、妻と娘を養う典型的な幸福な家族の主。
里奈が純平に執着していった最大の本質は、人となりではなく家庭環境というものではなかったでしょうか。
実際に里奈は純平に対して男性を惹きつける文言を駆使して実際に会うようになりますが、彼女は自己が置かれている環境よりも多幸多福な高森家に対して嫉妬 し、純平を引き剝がすことでそうした不平不満を晴らす事だけを目的化します。
里奈はしきりに純平に対し「今まで出会った男性の中で、純平以上の人はいない」と言うようなことを述べているのですが、この人“以上”の人はいない、とい う時点で、非常に短絡的で盲目的であることが判ります。
里奈は純平に一目惚れ、のようなニュアンスを漂わせているのですが、それは昂揚した感情がもたらす幻想に過ぎず、仮にひと目惚れが事実であったとしても、 それは里奈が現実の生活で、渡から受けているDVという恐怖・失望・逃避というデススパイラルの上に縋り助かろうとする結婚生活へのアベレージであって、 将来を添い遂げるような恋愛感覚と言うことでは決してありません。故に、例外なく男女ともこうした急場の熱が冷めた時に直面した現実に対し絶句する情景が 広がっているのです。
人としてのロジックを見た場合の恋愛関係の行き着くところは、結婚して一緒に住まい、子を成すと言うことなので、高森純平の元で渡とのような将来設計を考えて行動を取っているのか、とうことについて、そこまで考えているとはどうしても思えないのです。
純平への執着はそうした恋愛的な根拠のないものなので、絶対に長続きはしません。また、恋愛的根拠がないがゆえに、盲目的にもなりやすく、また冷める時も想像以上にあっさりと冷めてゆくものです。

▼悪意識なき、倫理観の欠如

小悪魔・魔性と言う言葉がありますが、井筒里奈の場合はどうでしょうか。
年齢的にも三十歳を跨いで少女的な「小悪魔」などという言葉が合うのかどうかは分かりませんが、少なくとも里奈は小悪魔でもなければ、魔性の女性でもないように思えます。
小悪魔・魔性というのは、善し悪しは別として、自分が相手を意のままにするというような認識があってこその意識的な行動であって、里奈の場合はそういった 分別のようなものが欠落しているように思えます。高森家に対する嫉妬が先行し、純平と杏寿の破綻を、悪いことだという認識に欠けているのだとするならば、 倫理的サイコパスというような極論に抵触する可能性も否定できません。それくらい、彼女の行動は決して打算されたものではないのですが、そうした意識がな いがゆえにたちが悪いものだと考えます。

日常生活上は、普通の良妻賢母的で渡の両親側の信頼も厚く表面上は仲の良い家庭を築き上げているという形なのですが、社会的地位の高い配偶者がいれば、少なからずそうしたものなのかという疑問は残ります。
彼女が、夫・渡に対して愛情が冷め切ったという証明が成されず、純平に対する思いの行動が非常に空虚である事を考えて、果たしてどういう目的で純平に執着 し、それでも井筒家を出奔すると言うような行動も取らないのか。里奈はどうも、そういう意味で自分らしさという部分がないように感じます。
善悪の意識がなく、それでも純平に対する執着があり、しかしながら恋愛という意味には及ばない。いったい何をしたいのでしょうか。
井筒里奈という女性は、現状を維持したい、保険をかけつつも、自らが主役の女優として在りたいという意思が根底となり周囲を巻き込んでいるわけで、穿って みれば、自分が舞台の中心にあれば、井筒・高森両家の諍いや、家庭事情も厭わないという、自らの無聊を慰める手段としてるとするならば、実に手に負えませ ん。

杏寿の友人が危惧していたように、里奈のような倫理的(恋愛)サイコパスは、愛情も自らの欲望の一端。とするほど、「やばい人間」と言うことでもありましょう。
目下の純平を略奪するためには、自傷も厭わない。彼に対する愛情のためではなく、自己目的のための過激な行動なのですが、里奈にはそういった側面を強く感じるのです。
高森純平にはとうてい捌くことの出来ないタイプであるわけで、里奈の夫・井筒渡に引導を預けて経緯を見てゆければよいと考えます。その上で純平も逃げ続けず、一度は身体が繋がった関係なのだから、男の責任として見つめ続けてあげるべきではあるとは思いますがね。

▼女性視点ならではの、女性優位傾向

客観的に見れば、確かに里奈の行動は賛同できにくいものが多いのですが、それでも、やはり女性作家の女性視点ならではのキャラクタ優位性が窺えます。ま ず、男性キャラは主に中心的な人物として高森純平と井筒渡がいるのですが、どちらも有能な仕事マンでありながら、互いのパートナーに対する未練がたらたら と滲ませ、結果として里奈が陰で趨勢を握っている、と言ったような立ち位置にあり、不倫原因男性根悪の法則に従って、渡が軽いノリでの出会い系から、井筒 渡のDVという明確な原因を提起しています。女性主役側においては、高森杏寿と、彼女なのですが、所謂ビッチ・悪女・淫売と言うような悪口が立ちにくい言 行で進んでいるように思いますが、ここは女性の読者側からすれば、また違った見方があるのかも知れません。

いずれにしても、井筒里奈は非常に強かなキャラクタであり、他の人物を大いに翻弄することになりますが、最終的には井筒渡の元に帰趨することになるでしょう。