羨望が嵌まった瓦解策、登場人 物を全て屑に陥す

ホリデイラブ・第4集ホリデイラブ 第4集
評価★★★★★

マンガボックスで好評連載中の不倫系恋愛漫画。2016年10月現在で、二大不倫系作品の片翼を担う。
単行本換算で第30話~第43話を収録し、主人公・杏寿が里奈の讒言を信じてしまう場面から、高森・井筒両夫妻の直接対決の始まりまでを描く。
純平を信じようとした矢先に、杏寿は里奈の讒言を一方的に信じてしまい、自己も過ちを犯す、と言った為体を演じることになるのだが、果たして杏寿自身の中 に、良妻賢母としての意識があって純平らの不義を詰っていたのかどうかは今集を読めば甚だ疑問に感じる部分が多い。
夫が「一時の気まぐれ」として里奈との浮気を犯したことに対して、果たしてそれが本気で駄目なことだったのか、と言うよりも、実は「羨望」の思いで捉えていたのではないだろうか、と言うことが垣間見える。
結局は不義に奔る、アバンチュールに対する大義名分を得ようと自己に都合良く解釈し、保身の鎧を纏うことによって、杏寿らは不義の正当化を図ってきたのだと言える。
既 婚者の読者が多いとされるのだが、彼らの心中にある日常のあり方に対する心理描写としても、個々の台詞には台詞らしからぬ具体例があって生々しくもあるだ ろう。独身の読者が読めば、結婚生活とは墓場のようなものだと揶揄される由縁の一端を感じ、両者の視点から捉えれば、果て扨て幸福とは何か? という、永 遠のテーマをそこから拾い上げる契機にもなり得るのである。

黒井というキャラクタや、物語初頭に杏寿に絡んできた坂口という謎の女性も今集相関図に具体的に絡んでくることになるのだが、彼らの存在はこの物語のステージ上の演出であって、本質論はコンセプトの夫婦間恋愛というものに尽きるのである。
杏寿や純平、井筒渡らが保身に奔る姿が胸糞とも取れるのだが、その中で里奈の強かさは保身ではなく、虚虚実実を織り交ぜた、「女性の怖さ」と言うものが あって、実に悍ましく映る読者も多いのではないだろうか。可憐一途な容貌の奥に隠された、卑劣とも言える策謀家の顔は、男性視点からすれば、こういう女性 に想われるのも悪いものではない、と感じる部分も少なからずあるのである。

今集に至っても、全体的に最大の被害者は尚、里奈の夫・井筒渡と言えるのだが、女性作家がタッグを組んだ以上、問題がなければならず、彼は強い猜疑心の権化として存在しているが、今集に至って彼も無理矢理、杏寿・純平・里奈ら「クズ」の一員に組み敷かれてゆく。南無三。
正義無き、不倫不義の末路は果たして両夫婦に光明をもたらすのか。まだまだ先は見えない。期待を込めて、星評価は5です。

何時の世も、大人の身勝手な行動の犠牲になるのは無垢なる孺子

杏寿の羨望、大いに離間策を奏功せしめ、夫婦関係の瀬戸際へ陥せしむ

井筒里奈を純平の不倫不義の相手と知りながらも、彼女の讒言を真に受けてしまう高森杏寿の心情心裡というのは斯く申す鷹岑にはなかなか理解しかねる部分が多いのだが、多分それは独身者の諦念俯瞰というものと自画自賛してみたいという気持ちである。
しかし、浮気相手の言葉を、一番の当事者であるはずの夫・純平に確認もせずに真に受け、純平を一方的に詰る杏寿の心裡を目線を下ろして考えてみても、どうも腑に落ちない。
鷹岑は一連の不倫騒動を目の当たりにした杏寿が、心の奥で純平に対し不倫を謳歌していたという思い込みと共に、それに対する一種の羨望のような感情を抱い ていたのではないかと思うのである。そこで高森家の瓦解を目指す里奈としては、坂口と共謀し黒井を嗾けるなど、非常にタイムリーな計略を仕掛け、上手く嵌 まったと云うことである。
実はこのような愚策など杏寿の意思ひとつで何とでもなるはずだったのだが、読み進めてゆく中で思わず嘆声を上げてしまうほどに、杏寿もまた不倫不義の渦中に嵌まってゆくことになるのである。

坂口麗華・自称黒井の存在価値

杏寿を大いに誑かした黒井の正体や坂口の所行など、高森夫妻を中心とする登場人物達の下劣さが明らかになってゆくのだが、冷静に見ればいずれも取るに足るものではない。全ては杏寿の胸先三寸で決した展開だったと云うことを前提にしておく必要がある。黒井由伸(自称)
はっきり言ってしまえば、この作品における男性陣の存在価値は、寸鉄ほどの価値も無い。言葉は非常に悪いが、それより良い言葉ははっきり言って見つからな い。さすがはこやま・草壁両氏という有名女性作家がタッグを組んだだけのことがあって、鍵を握っているのは女性陣の動向。しかし、世の中の家庭は女性が仕 切れば上手くいくものであるし、女性上位は古来より受け継がれてきた人間の真理であろう。
だが、鷹岑のような男性読者からすれば、だが故に杏寿の妄挙はどうもらしくないと思えてならない。
まずは子供がいる。七香という一人娘の存在は母親として大きな原動力として存在し、例え純平との結婚生活が破綻したとしても、正々堂々とシングルマザーという、一種のステータスの確立として生きてゆける素地がある。
しかし、この第4集の冒頭で、杏寿は妄挙に奔る。そこに一番大切なはずの七香という存在が無かったのがどうも解せないのである。

鷹岑はAmazonのカスタマレビューで、社会心理学者・加藤諦三先生の言葉を引用し、「現実の不満か、将来への不安かの選択」と云うことを杏寿の心裡と して挙げたと思うのだが、今回の妄挙はまさに前者にのみ恃んだ行動であったと云える。はっきり言って、黒井は嚙ませ犬に他ならないし、坂口の仕組んだこと とは言うものの、杏寿がきちんと信念を持って、七香を軸足にした純平との将来設計に答えを見いだしてさえいれば、何ら相手にもならない。
里奈の嫉妬や家庭崩壊を狙ったことがあからさまな、バレバレの讒言を信じたということは、杏寿は純平との十年にも及ぶ結婚生活があまりにも順風満帆であり ながらも、それ故の贅沢とも云える不満を蓄積してゆき、純平が犯した浮気を契機にそれが表面化した、と言うことなのである。
つまりは、将来設計なき、現実の不満解消。本気で純平との破局を望んでいないからこその妄挙であったと云えるのだ。だから、読者側としても、今集における 杏寿の妄挙に幻滅した読者もいるだろうし、それ見たことかと、これ見よがしに杏寿を嘲弄する読者もいただろうと思うのである。

保身に奔れば、曇りもまた晴れと同じ

杏寿の妄挙。つまり自称黒井との肉体関係の有無を議論するのは拙速であって、本質論は杏寿がそこに奔ったという心情そのものであると、鷹岑は考えている。 要するに、杏寿と黒井がセックスをしようがしまいが、同情の余地があれば同情されるべき事柄であるし、全く同情出来ないというのならばそうなのである。既 成事実というのを論じても、それは大義名分のひとつになるだけであって、人心の変化をもたらす大勢には影響は無いというのが現実ではないだろうか。大義名分というのはどんなに小さな物事でも成そうとすればなせるのである。
物の見方としては、激しい雨が止んだ後の青空なき一面の曇り空を「曇り」と云うのか、それも雨が降っていないから「晴れ」だというのか、の違いであろう。
杏寿はその後から保身を図るように純平に対する態度をがらりと変えることになるのだが、その変節こそが全てを物語っている。彼女の中では、それでも自称黒 井との性交渉には至っていないという建前があるのだろうが、現実はなかなか厳しいものであろう。そういう感情があった、という事実が保身に奔らせるのであ る。
一時の激情で将来は図れない。何でもそうだが。一大決断が出来ない、する気が無いのならば一旦距離を置いて静めてみることも出来るはずである。純平に対す る気持ちを断ち切れないままで心裡に羨望を秘めていては自らも陥穽に落ちる。仕組まれた罠に自ら知りて落ちるのは大愚のなせる所行に他ならない。

強制的悪者・井筒渡の不運

それにつけても、本来全くの全面的被害者であったはずの里奈の夫・渡は、このクズの渦に巻き込まれしまったのを不運だと云わざるを得ない。里奈がただの糞 ビッチではどうも不都合だ。彼女の夫にも、里奈が不倫を働く動機付けをしなければならない。それが「DV」であった訳だが、どうもこの第4集にかけてます ます渡の悪役濃度が高まっている。強い猜疑心と、里奈への執着心の塊であって里奈が精神的にも相当追い詰められており、坂口と自称黒井の共謀の遠因にも なっているという、いやはやどうも作者側の矛先は渡に集中しているようである。
結局、渡がそういう立場に引きずり込まれた以上、男性側登場人物の全てが、妻が不倫不義に奔る原因であると言う意味においてクズ化されてしまったわけだ が、鷹岑は同じ男性読者として、せめて井筒渡には同情の念を禁じ得ないと云っておこう。まあ、それでも物語上では里奈へのDVが激しいとされているのであ まり擁護は出来ないのだが、それでも二人の子供まで儲けて今更DVが原因での妻の不倫。それも策を弄してまで純平の略奪を図るまでとは、こちらもいささか 強引なようではある。
ただし、この作品中最大の策士であり、一番強かな里奈が、会計事務所という上級職を経営し、経済的にもしっかりとしている渡に対して強い不満を持ってい る、という描写をDVに特化させているというのも、ある意味渡を軽佻浮薄の輩にさせきれない人物設定の限界のようなものを感じるというのもまた、ひとつの 見方であると鷹岑は考えているのだ。前集の考察でも述べたが、井筒渡はまさに今三斎(細川忠興)であるように思えてならない。あ、忠興って戦国随一のダメ 男でしたっけ(笑)