そ れでも僕は君が好き・人物考察③

根拠なき恋愛に依存し、一夕に崩壊した泡沫の幸福

グッチ(山口さん)グッチ(山口さん)

男心を摑む履き違えた一途。 芹澤の衷心捉えきれずにその蜜月、終焉す


イメージCV / 早見 沙織


ツイッターの直近の有志アカウントで実施された、ヒロインランキング投票で、第3位という高順位にランクされ非常に高い人気を誇っている、牧野つくし編の ヒロイン格・グッチこと山口さん(▼参照)だが、果たして彼女のどう言うところが読者の気を惹き、また何故芹澤祐輔の恋愛遍歴の一角を担うに留まったの か、検証してみようと思うのだが、人気が高いとされるキャラクタなので、やややりづらく、鷹岑もまた彼女のキャラクタは嫌いじゃないので、彼女が実際に隣 に居たとして謝りながら語ることになる。

芹澤を慕った揺るぎなき理由を 示せず、情緒に恃み続けた野心なき従順

芹澤祐輔のレトロスペクションとはいえ、その時系列としてグッチは実に不運、というか非常に微妙な時期に芹澤と距離を縮めることになる訳で、そういう味方すれば非常に同情に値する、可哀相なヒロインではあったようで……。合コンでの初見
彼女が読者(主に男性だろうが)に高い人気を持っているというその理由は何処にあるのか、と考えた時に、単に可愛くスタイルも良く清純派。控え目で優し く、芹澤のことをとにかく一途に好きでいてくれて、何でも言うことを聞いてくれそうで、不快にさせない。と言ったところなのだろうか(他にも理由があった らご教示頂きたい)。
確かに、初見から芹澤に対する彼女の様子は憧憬にも似たもので実に奥手じみてはいるものの、勇気を出して積極的にアプローチを掛ける姿が男性読者の心を摑むようだ。
しかし、鷹岑はこのグッチ初見時から彼女に対して沸々とわき上がる不安感の払拭にずっと囚われていたのである。
まあ彼女が活躍するタイトルそのものが『牧野つくし』編であると言うことから、不結実のヒロインであると言うことは自明の理ではあったが、そういうストー リーの構成は別儀として、彼女が芹澤を何故そんなに想うようになったのか、茫漠とした雰囲気の中で明らかにされないまま、気がつけば出番は終了していっ た、と言うのが一連の流れであったように思え、グッチが最高である。という明確な論拠が摑めなかったというのは紛れもないものであった。
鷹 岑の狭き知識の範疇から述べれば、どうもグッチは『君のいる町=瀬尾公治=』の御島明日香、『春よ、来い=咲香里=』の阿部まりこ、『クピドの悪戯-虹玉 -=北崎拓=』の大倉怜子の系統に準ずる立ち位置であると理解していた。いずれも主人公に熱い想いを抱きながらも、好きである根拠を示せなかったキャラク タ達である。
好きである根拠というのは、交際関係の長短に拘わらず、男女間の恋愛においては必ずあるものである。「相手の何処を好きになったのか」という事なのだが、 簡単そうなことに思えるか、また人によっては「何処という事は無い……」と嘯くメンツもいるだろうが、口に表すことの無い根拠が必ずある。それがあるから こそ、人は相手を好きでいることが出来るし、艱難辛苦を共に乗り越えられる原動力となるのである。

ところが、例に挙げたキャラクタを初め、グッチは果たして主人公を激情とも思えるほどに恋い焦がれてはいるものの、いざ離別の危機に晒されると、驚くほど あっさりと離別を受け入れてしまっているのである。いずれも主人公に対する感情というのは、極めて情緒的であって過剰に愛情を求め、または示している。 穿った見方をすれば、どうも主人公を心の底から信頼しているという感じは無いのである。

常に受け身の依存性、芹澤の真意捉えられず惰性に流れる

芹澤の真意芹澤を擁護するつもりは全くないのだが、グッチが芹澤に唐突な告白をしてきたのは非常に時期が悪いという不運もあった。時系列で言えばエルメス編の傷漸く瘉したばかりで牧野つくしとの出会いが彼の心を急速に傾斜させている最中での出来事であった訳で、如何せん分が悪い。
グッチは合コン以前から芹澤の存在を気にとめ、漸く告白するなど一見積極果敢な一途さを見せているが、内実は非常に受動的で主体性に欠ける。
男からすれば狭義的な交際関係の成立、つまり結婚を考えない交際で由とするならば、グッチは絵に描いたような、理想型の女性である。しかし、広義的な交際 関係、結婚を前提とした将来設計を伴った交際を求める場合は、グッチは非常に手に負えない苛立ちを発露させる性格なのである。
芹澤はエルメス編からの傷を瘉やせたばかりで牧野つくしと出会い、彼の中において恋愛観の過渡期に差し掛かっている非常に不安定な心理状態にあったとみて いるのだが、そういう状況の中でグッチの思いが芹澤の中でどう映り、感じていたかは鷹岑の考え方は評価が分かれるところだろう。
ずばり言えば、芹澤にとってグッチの思いは頗る重いものであった。と言えるのではあるまいか。重いながらも、恋愛に対する不安定さがグッチの「一途」さに 凭れる形となった。本編の芹澤の言葉通り、グッチに凭れることはあっても、将来的な展望を考える存在だとは到底言えないのが、残念ながら芹澤にとって、 グッチの存在価値なのである。

◆グッチに対する芹澤の行動はクズなのか

さて、グッチの顛末を見れば芹澤の行動を大いに批難し、排斥するというのが人情というものであるのだが、鷹岑は芹澤の行動そのものよりも、やはりグッチの根拠無き受動性を批判したいと思っている。
まずは冒頭に挙げたように、芹澤は当初グッチとの交際を断っているのだが(グッチのようなタイプは苦手とも前置きしている)、牧野つくしに指向している以 上、その言葉以上でも以下でもない。確かに、グッチからの誘いを受けて度重なるデートに赴いている事は事実だが、女性からの誘いを無下に断ることの野暮天 さは芹澤が野ブタからエルメス編までで痛感していた事であり、核心部分に触れた時に断っているのである。
突き放すことくらい出来ただろうと思うのだが、現実的に考えた時、グッチのような女性からの積極的アプローチを全て跳ね返す男がいるかどうかは、愚拙鷹岑を含めて自信は無いと云えよう。云えるとハッキリと断言出来る御仁がいればお教え願いたい。弟子入りを志願する。
まあ、そういう部分が、男心を大いに刺激し、グッチ人気に直結する大原則なのであることは言う迄も無い。

◆「頑張ります」――――芹澤の意思構わず、情緒偏重に陥った失敗

頑張りますからグッチは芹澤への「好意」をつんのめる形で、彼の気を一心に惹こうと行動する。「頑張りますから」という言葉に裏打ちされたグッチの先走りは痛々しいと映るほどである。
しかし、正直な話。果たしてグッチは本当に芹澤を好きだったのかどうかは甚だ疑問であり、単なる「依存」であるという見方も出来ると、鷹岑は考えている。 子供の頃から受動的な生き方を強いられてきた彼女が、大学の合格発表時に「人生で一番嬉しい」と欣喜雀躍と喜ぶ芹澤の姿に、今まで自分が感じたことの無い 感情を見、それに惹かれていった。という見方も出来るのだが、それはグッチには悪いが、芹澤を好きである事の根拠にはならないのである。憧憬か、或いは本 当は自分はもっと別の進路に進めるはずだったのに、この程度で…と言うある種の見下しから来るものなのかは分からない。ただ、この時に彼の存在が気になっ たのが、好きの根拠というのは少し違う。好きと言うよりも、今まで感じたことの無い事でうれしさを表現している芹澤の姿に、いつしか依存してしまったので あろう。依存を恋と勘違いするというのは、人生相談等等で良くある話だそうだ。
ゆえに、グッチは芹澤、と言うよりも彼のそういう自分が知らない部分に対し、依存度を強めてゆく。縦しんば、芹澤を支配しようとしていたのかも知れない が、受動的で主体性に欠く彼女ではそこまでも出来ない。情緒的に男の喜びそうなことをすれば、芹澤が完全に自分の物になる、と言う風に都合良く自己解釈を しようとしていたのかも知れない。

牧野つくしから強引に奪おうとしなかった、大義なき恋愛の破綻

本心を見抜いた清水芹 澤が牧野つくしに傾斜しているのは明瞭な事実であり、グッチも内心ではそう思っていたとするならば、これもまた痛切極まりない事であるが、だからといって 自分に振り向くことがないと分かっていて芹澤と同棲状態にまで関係を進展させていたとするのならば、それもまたお互いにとって随分と酷な話であろう。
芹澤の本命が別にあり、グッチを止まり木程度に思っていたとは考えたくは無いが、もしそうだとしても人心は変わる。ましてや男である。グッチがもしも本当 に芹澤と将来を見越した関係を築き上げたいと考えていたとするのならば、彼女自身も芹澤の本心を摑み取るえげつなさが必要だったのである。牧野との仲に疑 いを持ったのが、あのアパートの玄関先だったとは鷹岑は思わないのだが、仮にそこで決定的な瞬間だったと彼女自身が思っていたとするならば、何故はぐらか したのであろうか、と言う話なのである。芹澤の心、牧野にあり。と言うのならば、悪女になろうが般若になろうが、牧野を徹底的に抹殺し、芹澤を奪い取る。 と言うような気概があってこそのものであろう。破綻
しかし、グッチにはそれが出来なかったのが残念である。これは性格の問題ではない。ホリデイラブ~夫婦間恋愛~の井筒里奈のように、従順可憐の面下に隠されたえげつなき強かさが、グッチには全くないのである。これでは今後彼女が経験するであろう恋愛も思いやられる。
終始情緒的な交際で受動的・主体性無き男性の歓心を買うやり方に、根拠無き疑似恋愛の末路は実にあっさりとしている。

「百年の恋も冷める」とはよく言ったものだが、百年だろうが一億年だろうが、冷めるものは一瞬で冷めるし、一分でも一時間でも、冷めないものは冷めない。 それが「人を好きなる根拠」の有る無しであって、うん百年の恋も~というのは単なる根拠無き恋愛の言い訳にしか過ぎないと、鷹岑は見ている。
玄関先での出来事が芹澤とグッチの疑似恋愛を瞬間に終わらせてしまったのだが、もしかすると、グッチは芹澤を好きでいるという根拠が無いばかりではなく、最初から彼を信じようとはしなかった。と断言しても決して言い過ぎではない気がするのである。

「それでも僕は君が好き」の過渡期で、芹澤が得たもの

サムスンを除く全ヒロインの中で、親密性が極めて高かったグッチだが、その分恋愛的な意味における残酷度も高かったような気がするのは間違いであろうか。
彼女が登場する「牧野つくし編」は全体の中で芹澤ヒストリーの過渡期に位置するために、こうして鷹岑がグッチを強く批判したとしても、全面的にグッチが悪 い、芹澤がクズ過ぎる、鷹岑の言っていることが理解出来ないと様々な解釈をされる読者がいて当然だ。もちろん、鷹岑もグッチを嫌っているわけでは無いから そこのところを誤解しないように。逃がした魚は・・・
最初にも言ったように、グッチは非常に不運な存在だった。せめてサムスン編の前あたりにでも登場し、芹澤と邂逅してさえいればまた違った人生を歩んでいただろう。
と、はやあり得ない願望はここまでにしておき、実際のこの二人の関係は、不毛とまでは言わないが、それぞれ向いている場所が終始違っていたので、残ったの は傷にもならない「一夜の関係」に似たものであったように思える。まあ、主題が牧野つくしなのだからあくまでサブヒロイン扱いだった、と言われてしまえば それまでなのだが、こうもサバサバとした恋愛の終焉というのも「なんだかなー」って感じである。
牧野編の終盤で、芹澤はグッチを見て「こんなに綺麗だったっけ」と述懐しているが、それは良く言う「逃がした魚は…云々」という事よりも、はや客観した、 彼女と出会う前の心境に自然と立ち戻った、素直な印象だったのではないかと思うのである。それほど、二人の恋愛関係の内実は一方通行の稀薄な物だったと言 うことなのかも知れない。まあ、総論としてグッチとの関係で、本質的に芹澤が得た物は、同棲という生活体験程度ではなかっただろうか。あまりにも粗末では あるが、実のならない木に語る術もないというものだ。

そして、グッチはその後新しい彼氏がいると言うことが伝えられるが、今度は能動的に、主体性をもってその彼氏のことを好きでいてくれれば良いかなとは願っ ている。そうでなければ、多幸で情熱的な恋愛も、危ない綱渡りをしているようで、心がすり減らされてしまうようではたまったものではないからだ。
男女関係というのは、古今東西、女性が能動的に主導権を握った方が上手くいくものである。グッチに向ける餞の言葉は、それくらいである。