冲方サロン出身作家、再起動。幽玄なる幻想譚、満を持して開幕


第 一回「最後のひとり」

心の輪廻転生がメインテーマか。哀しみの先を捉えた、「さよならにさよなら」の意味

ファンタジー・フィクション小説の気鋭・冲方丁を支援する、いわゆる冲方サミットに発源し、冲方氏の強い薫陶を受ける作 品・作家を“冲方サロン”と定義するならば、大今良時氏は、「マルドゥック・スクランブル」を嚆矢とする、冲方サロンの白眉と称しても決してオーバーな表 現ではないだろう。
話は逸れるが、その大今氏の新連載である「不滅のあなたへ」が世間全体に公開されたその日は、米国大統領選挙で、ドナルド・ジョン・トランプ氏が世界の予 想を超えて当選を果たし、私事ではあるが、わが岩手内陸では初雪かつ大雪と、何かと中身の濃い日であったことは忘れるべくもない。しかし、後年のために大 今氏ならびに、「不滅のあなたへ」を読み進めるだろうわが記憶のメモ的な意味でそれを綴ったことを付記しておく。

閑話休題

週刊少年マガジン2016年50号さて、鷹岑はこの作品を読むために、本当に久しぶりに書籍版の週刊少年マガジン本誌をコンビニで買った。電子版で 買うよりも、大今氏に対する御祝儀相場、的な意味合いで、それまで電子版や他の情報サイトに頼っていた傾向を止めて、書籍版にしたのだが、久しぶりに手に した書籍版は、懐かしい感じと言うよりも、あまり変わっていないなという印象である(笑)

初読はどう言うコンセプト・立ち位置で見ようかと言うことに拘る

さて、私は特別気になっている作品や、気に入っている作品に触れる時。特に新連載の場合だが、初読をするに至ってどう言う視点で読むか? という部分に気 をつける。大今氏宛てに後で葉書か、手紙で激励文を送ることになるだろうが、その際にも触れるだろう、「初めて読む」という行為は、当たり前だが、一生に 一度しかない。パラ読みでも、一度作品に目を通してしまえば、初めて読むと言うことにはならないのである。

私は書籍版マガジンを、朝の六時半にコンビニで手に入れたが、開いたのは、午後の二時過ぎである。どう言う立ち位置で、どう言うコンセプトで大今氏の描く ファンタジー作品に触れるべきか、ということを考えたのである(もちろん、仕事が第一義ではあるが)。
実は些細なことかも知れないし、読者諸卿はそこまで考えているかどうかは存じないが、この初読の立ち位置は、作品の面白さの尺度に結構、影響するのではな いかと、私は思っている。大今氏は非常に幽玄な心的世界を表現される、冲方サロンの申し子なので、いち読者としては初読が手に汗握る程に緊張するのであ る。決して大袈裟ではない。
さて、いつまで悩んでいても埒が明かない。このままだと一生読めずに本編だけが延々と進んでしまうだろう。週刊少年マガジン・2016年第49号、次号予告より

その時、思った。この「不滅のあなたへ」予告記事のコンセプトフレーズでもあった「さよならから始まる旅」という言葉を そのまま脳裏に置いて、読んで見たらどうだろうか。
「さよなら」は言わずとも知れた、「別離」である。その別離から「始まる旅」。精神世界に触れることになるが、輪廻という説。さよならは、決して悲しいも のじゃない。という純粋な解釈の意味で捉えた、「不滅のあなたへ」というタイトルを考えた時に、ふと私の脳裏には武田鉄矢(海援隊)の名曲である、「さよ ならに さよなら」が流れた。その曲の意味は、昨日は今日に繋がる。時間を永遠の螺旋階段に例え、振り返れば遠い昔に別離した人もすぐ傍にいる、と言うも のである。さよなら、別離は決して悪いものじゃない。という事を切に説いた武田鉄矢らしいものだが、「不滅のあなたへ」もそのコンセプトで読めば、悲しい ものじゃなくなるのかも知れない。と思ったのである。

輪 廻の始まり、その球を放てし手は読者自身なのか

それは満を持した大今ワールドの始まりに相応しく、神話・天地開闢の様な厳かな、というか茫邈とした水浅葱のオープニング。リアルな手に握られた、“球” が、虚空に浮かび、荒野へと降る。大今氏が輪廻転生という精神世界を意識したのかはわからないが、「球」という概念が輪廻転生、人の持つあらゆる欲望の集 合体とするならば、面白い。その手は誰の手か? という疑問はいとも簡単で、書籍版を読む読者自身の手、或いはマウスを握り、またスマフォやタブレットの 画面を触る、貴卿自身の手である、という風に考えればどうも腑に落ちる。大今氏はそういう表現が非常に巧みであると思うのだ。八百万(やおよろず)の歳月
「球」がレッシオオカミという存在に転生するのは、オープニングからおそらく数百・数千の年月を経た時代であると、推察出来る。手の主、つまり貴卿が放っ た「球」が、一匹の獣となるまでの歳月を、このモノローグで見事に表現されている。非常に壮大で幽玄な世界(風景)が読み取れるのである。
と、いうのもそれこそ初読の入り方に他ならない。私は「さよならから始まる旅」を、武田鉄矢が表現した「さよならに、さよなら」という別離のポジティブと いう表現に親和させようとしているからこそ、この「球」の転生も、巌から、苔生す時を経て、常に大地・自然が傍にある、と言う風な解釈に帰結するのであ る。それは宗教的なものでも、誇大な礼賛主張でも無い、冲方サロンの白眉たる大今氏が描ける世界観の一角に過ぎないのではないかと、私は考えているのであ る。

少年と狼の静かなるダイアローグ。孤独の平面のその先

物語は、幌を曳く少年と、彼が共に過ごしていたレッシオオカミ・ジョアンに転生した「球」とのダイアローグで綴られたが、楽園を求めて去って行った人々 と、ここに残った彼。やがて誰もいなくなり彼はジョアンとの、一人と一匹の孤独の身の上となるのだが、彼はその人々が二度と帰ってくることのない事を感じ ながらも、前向きな笑顔と行動でカバーしようとする。現実はジョアンもとうに死亡し、彼は全くの孤独なのだが、彼はジョアンの変化すらも前向きに受け止め ようとする。怪我すらも直向きに…
実に本編開始から彼の科白が胸をしめつけていたたまれないように思えるのだが、やはりそれでは陳腐であるというものだ。彼が懸命に前向きに変化させようと 繕う哀しみを、悲痛の面持ちで捉えるだけでは深くはないと思えるのだが、押し潰されそうな孤独を抱える彼の存在を涙を怺えて読み進めるのは、それはそれで 非常につらい部分がある。
別離というのには、再び巡り合える別離と、永遠の別離。つまり永別があるのだが、大今氏の世界からすれば文字通りに、そのキャラクタを超えた世界の上に、 真理が存在すると鷹岑は思うのである。ゆえに、彼の悲愴たる前向きさも、表面だけではない輪廻転生という精神世界観が、この「不滅のあなたへ」というタイ トルが示す「さよならから始まる旅」というのならば、彼の押し潰されそうな悲愴も、涙を怺えて読むことが出来るのである。

何よりも、この少年もまた大今氏の世界観が映す、貴卿そのものであると言うことなのだろう。彼はジョアンに「僕は僕と会話をしていただけ」と衷心を吐露す る。彼が楽園を求めた人々の跡地を目の当たりにして、楽園そのものがないという現実を突きつけられた瞬間に、心を強く支えていた“思い”から解放される。 帰ろうとするも、川に落ちた時に受けた傷が体力を奪い、やがて力尽きることになるのだが、それでも彼は楽園を求めて直向きさを失くさなかった。ジョアンと なった「球」が彼に転生することになる、という第一話の流れだ。

さて、この世界はどんな世界だろうか? と考えた。地球などの惑星のように球体なのだろうか。
私は敢えて地球平面説と同じ、平面の世界なのではないか、と考えた。世界の果てには巨大な瀑布があり、そこに到ると奈落に堕つ。と言うものだが、私は逆に 楽園を求めていった人々が探していた、楽園がその平面世界の果ての先にある、と信じたい気持ちになる。この世界もまた、大今氏が語るであろう人の心の世 界。彼も、ジョアンも、その茫邈たる精神世界の果てのその先にある、大いなる楽園と言う名の「希望」を示そうとしているのではないだろうか、と勘ぐってい る。ゴダイゴの名曲「Gandhara」ではないが、そこに行けばどんな夢も叶うと言われるが、あまりに遠い。それは心の中にある、幻の国。

さ さやかな日常こそが楽園

少年が追い求める、楽園。「クダモノ」や「魚」が沢山あり、賢い人たちが皆、幸福に生きている。何処の国のことを指しているのだろうかと問われれば目を背 けたくなるほど、ちくりと痛む。大今氏らしい皮肉に他ならないが、クダモノや魚がたくさんある事が楽園と思うのはなんと可哀相な……などとは思う莫れ。そ れでは普通の賞味に他ならない。少年の視点に立つのもありだが、逆に考えよう。
その楽園に住まう人々からして、彼はどう見えるのか。いや、その楽園に住まう人々同士がどう見えるのか、である。
「不滅のあなたへ」のオープニングチューンにこの少年を宛てたコンセプトは、世界一貧しい大統領として世界的に有名な、南米ウルグアイのホセ・ムヒカ元大 統領の数多くの名言をオーバーラップさせる。現代社会への痛烈な疑問と批判を内包しながら、それでも人の精神世界の雄大さを信じ、その可能性を追窮しよう とする大今氏の意気込みが、より強く伝わるのである。
バツ印
▶バツ 印

前 作でも見た大今氏の特長のひとつ。幽玄な筆致と雰囲気が醸し出す世界の中で、このバツ印は極めて強烈な印象を受ける。全てを拒否する、という意味合いでも 使われたが、バツという印はある意味、人の心に残るささやかな希望や夢を一瞬にして打ち砕く事が出来る魔の記号でもある。あまり、リアルの手文字でバツと は見たくないというのが正直なところだ。

名言蒐懐

ホラ
人の言葉も話すことが出来るのか、と思わせたジョアン。少年はこの時、彼の変化に気づいたのかも知れない。
最高に自由だ…
少年が言う孤独なる自由は、重い。人のしがらみがある自由はどうなのかと考えた時、最高の自由の意味が判らなくなる。
皆と同じ場所へ行く!
先の見えないまま立ち止まるか、分かっていてもその現実を直視して見るか。違う道を見つけるのは、更に過酷な世界。
行ける……かなあ…?
少年が初めて抱いた、戸惑いと疑問。そのあまりにも純粋な思いが胸を打ちます。
ずっと覚えていて
そしてその少年の言葉の通り、少年の想いは「球」とともに不滅。さよならに、さよならたる始まりの旅のプロローグとなる。