鷹岑昊のTOD的こころ Part.68
加藤みのり(同級生2)
気 の利いた言葉なんていらない。私の欲しい言葉は、ひとつだけです…
加藤 みのり


■血液型/AB型 八十八学園の同級生。主人公だけではなく、他の友達ともほとんど話をしない女の子。グリグリ眼鏡をかけているので、素顔は誰も見た事がない。
(公式紹介)
実演CV:浅田葉子 他 / 鷹岑的イメージCV:河原木 志穂

タカミネコウのTOD的こころ。第68回はフリーダムなるわたしの中のもう一つの世界、永遠なる恋愛ゲームのパイオニアでレジェンド。同級生2の世界をか んがえる。
講演、鷹岑昊。原作・注目、同級生2

◆容姿の美醜を分別し貴公子を退け、融通無碍の本質に帰趨した強かなる少女

鷹 岑昊のTOD的こころPart.35でも紹介した同級生2のヒロインの一人、加藤みのり。かく言う同級生シリーズは、おそらく20代以下の諸卿に は殆ど馴染みのない作品なのではないだろうか。昨今のCGやシナリオが極めて精緻なゲームにはない、フリーダムな世界は主人公「竜之介」に感情移入を容易 にさせる最大の要素でもありました。
12人以上いる攻略ヒロインたちは、皆それぞれ個性的な属性を持ち、現在に到る属性系のパイオニアとなった事は、言うまでもありません。さて、今回の TOD的こころでは、再び加藤みのりを取り上げたいと思います。加藤みのり(同級生2)

「醜女(ブス)なる思い込みこそ醜心なれ」

Part.35での語りの追記ともなるが、その前にこの当時(1995年)は彼女のようなデフォルトの容貌(グリグリ眼鏡に弥次郎兵衛頭)がブスとされて いたが、時代は大きく変遷するもので、昨今その程度でブスと切り捨てられる時代ではなくなったような気がするのです。
オリジナルの発売から21年の時を経て、テレビ時代劇もついに終わり、その終焉の頃からいわゆる『勧善懲悪』という方式が流動化し、善人面の極悪人とい う、何とも凝った脚本が創作物に蔓延していった。複雑怪奇なストーリーが派手に横行して行く中で、良い意味で「加藤みのり」は、ブスではなくなった。と 言ってもいいだろう。

何をか言わんや、彼女を外見でブスと決めつける時代は太古の時代でもなかなか当てはまらない。諸葛亮や吉川元春など好んで醜女を妻帯した英雄は多いくらい である。
しかし、彼女の常套句とも言える「容姿で人を判断する人は嫌いです!」 というのは、なかなか時代が下っても変化する事は少ないようだ。
ネットが普遍的なツールとなった現代においても、やはり人というのは見た目に左右される事はなんやかんやと当たり前の事のように思える。選び抜かれたアイ ドルグループであっても、個々の女性の容姿の美醜をあげつらう位だから、加藤みのりがこの時代の社会に投じて「容姿で人を~」と言っても、その判断する ボーダーラインそのものが非常に高い位置にあるのだから如何ともしがたいものがあるだろう。しかも、何かと容姿を指摘すれば、すぐにセクハラだの女性蔑視 だのと寸微の事態でも騒ぎ立てるような時代である。オリジナルの時代にそれを高々と標榜し、使い分けてきた加藤みのりは、実に生きやすい時代であった事 が、改めて触れてみて感じたのである。
鈴木ひろ子⇔加藤みのり(同級生2)
見た目が冴えなくても、心が美しければ良い。とは現実論として鷹岑はなかなかそう思えない、というのはPart35でも語ったようであるが、それは不変 だ。
同級生2は美少女ゲームであって、加藤みのりは攻略対象ヒロインの一である。美少女ゲーム界のレジェンド、御大・竹井正樹画伯が手掛けたパッケージイラス トでも、中央のメインヒロイン・鳴沢唯の右隣に大きくピンク色のウェーブ髪の微笑みが燦然と並み居る美少女ヒロインの中でも引けを取らず陣取っているのだ が、デフォルトの瓶底眼鏡と弥次郎兵衛三つ編みはあざとく、髪の色を見ればこの瓶底がこの美少女である、と言うくらいには当時誰もが気づいたものであっ た。つまり、彼女の心根が美しいものかどうかはともかくとして、「見た目を冴えなく…」というブスの定義を敢えて彼女は最初から演じているというのだか ら、なかなか強かな存在であるというのは確かなようであります。
「それ、腐ってます」…“鈴 木 ひろ子”がアルバイトしているコンビニエンスストアのレジに置かれているパックを指摘した際に答えたもの。不審な客を撃退する方法のひとつなのかも知 れないが、営業スマイルで腐っている物を売ろうというのだから、外面如菩薩内心如夜叉と言っても過言ではないだろう。

◆西御寺有友へのシンパ シーと、長岡芳樹を撃破した加藤みのりの強かさに学ぶ

白黒をはっきりとさせなければ気が済まない昨今の社会情緒の視点からすれば、おそらく加藤みのりは「ビッチ」だと位置づける人も少なからず、と言ったとこ ろだと鷹岑は思う。まあ、それくらい彼女はブスなる「加藤みのり」と、絶世の美少女「鈴木ひろ子」を使い分け、名だたる男性たちを翻弄してきた事を示唆し ている。
加藤みのり(白蛇ヶ池)中でも、本編中に恋愛的意味で壮絶な撃沈を遂げたキャラクタが、主人公の宿敵・西御寺有友なのだが、彼女の西御寺 に対する言行は容赦が無い。
オリジナルの1995年当時は鷹岑もまだまだ青二才の最たる物で西御寺の存在は主人公の良い咬ませ犬的な立位置だった、程度に思っていたのだが、21年の 時を経て再び触れてみると、逆に西御寺に対するある種のシンパシーみたいなものを感じるのである。不思議なものです。

「容姿で人を判断する人は最低です」と豪語する加藤みのりですが、内実は一人二役を絶妙に演じ分けて、男心を巧みに叩き落とす悪女然とした振る舞いに慄然 とさせられた。
「西御寺・長岡遭難 後の白蛇ヶ池公園」…西御寺有友への告白が破れ、呼び出しを受けた長岡芳樹の奸計から救出された直後の、主人公・竜之介とのイ ベント場面。今ならば容易に“男性不信”に陥りそうな遭難を受けながらも、主人公を見る表情は穏やかながら嬉嬉としている。或いは計画性すら以て両者に対 してきたのかと思える不敵さを感じさせる。
西御寺は加藤みのりと鈴木ひろ子を判別出来ずに翻弄され、見事に主人公の咬ませ犬となってしまったのだが、鈴木ひろ子に差し向けた求愛を拒みつつ、加藤み のりで西御寺に告白、それをけんもほろろに破られた後に鈴木ひろ子が立つ瀬も無いほどに西御寺を振るという構図なのだが、女の怖さというか、どう転んでも 彼女に実害はないという、極めて計算し尽くされた武器の手慣れた行使には、21年後の鷹岑は新たに驚かされた部分である。
加藤みのり(覚醒版)女性を見た目の美醜で判断する男性を手厳しく非難する彼女と、女性は見た目であるという一種の信念を持つ西御寺の攻 防は、主人公の攻略対象の手前や、それ以外でも断然と彼女側の勝利で終わる訳なのだが、21年後の鷹岑として見てみると西御寺では持て余す女性なのだろ う。フラれて良かった、と思うのだ。

西御寺の考え方にも凭拠出来る心のゆとりのようなものを持つ事が出来るようになれば見えてくるのが、知らぬが花。触らぬ神に祟りなし。と言うものであっ て、彼女の実像が実にも恐ろしき傾城の美女であった、とは言い過ぎながらも、文字通り表面的には現れなかった加藤みのりの底なしの暗黒面を見る事がなく なった西御寺は、ある意味救われたと言えるだろう。

長岡芳樹と白蛇ヶ池未遂事件

表面的な「美醜」で玉砕してしまった西御寺に比較して、彼女を付け狙っていた変態写真部部長・長岡芳樹は、穿った見方としてそんな彼女の本質を見抜いてい た、と言っても決して過言ではないのである。
加藤みのり(覚醒前)彼女(鈴木ひろ子)の秘密を知っている。としてセクハラ写真を強請り撮ろうと行動を取っていた芳樹は決して褒めら れるものではないが、結論を先に言えば、その現場を見られた主人公・竜之介の厳しい鉄槌を受けるまでや、その後改心(?)した後も、彼女に関する情報は最 後まで固く箝口して語らなかった。ここは芳樹のひとつの矜恃と言ってもいいだろう。彼女のエンディングでは、どや顔で一人二役を演じていた彼女はすごいだ ろうとひけらかして主人公にど突かれる様はある意味そんな矜恃の片鱗を見るようだった。
「メガネを外して下さい」…加藤みのりの正体を 示さんとした最後の場面。今の時世時節では、この時点で彼女の容貌そのものをブスと断じる男は希少価値があるだろうが(ブスと切り捨てる前に磨けば光る玉 だ、と感じる方が多いだろう)、鷹岑はそれとは別に視力設定がともかくとして、伊達眼鏡だとしても瓶底グラスは重くて大変だったのではないか、と邪推す る。鼻パッドの跡がない、と今風の突っ込みも当時は考えなかった。
仮に、この白蛇ヶ池セクハラ未遂事件が、竜之介の助けがなかったとして、芳樹の独擅場となったかどうかも考証の余地があると言える。
彼女は西御寺有友を手玉に取り、またそもそも家庭環境、親戚からのセクハラなど竜之介に語られた内容は、テレフォン人生相談に寄せられるべき程の非常に重 いものである事、そのような修羅場をかいくぐり文字通り二役を見事に演じ、外面如菩薩内心如夜叉なる言行を得手とする彼女が、芳樹程度に良いようにされる という事は天地反転以上にあり得ないと考えている。それこそ、触らぬ神に…というものであろう。
芳樹は主人公にエッチだけを目的とするならば「顔さえ見なければ、女は誰でも同じだろう」と嘯くのだが、「お前が言うな」と思うのと同時に、ある意味真理 ではある事を述べていた。しかし、如何に彼女の「秘密」を握り、強請ろうとしたところで、その秘密そのものは非常に効果性の低いものであって、逆襲される のは自明の理、とも言えたのである。
よくあるオチとして、それまで追い詰められていたキャラクタが、突然豹変(俗に言う黒化)して相手をボコボコにしてしまう、というパターン。正に白蛇ヶ池 での芳樹の行動の顛末はこれを容易に想像させて止まないのである。

◆ 加藤みのりヤンデレ昇華直前の主人公告白と、その後


自らの正体を告白した後の彼女は非常に紫電一閃の如き疾さで主人公に縋りつく。それまでけんもほろろに主人公を含めた男性諸兄を追い払ってきた「鈴木ひろ 子」が、周囲の目も何処とばかりに主人公の行く先を追い、嘘や試された事を怒る主人公に赦しを請うのだが、今から思えば全く主人公の融通無碍な性格が、彼 女をヤンデレに化学変化させる事になった、と言っても決して過言ではなかった。これもPart.35で述べている通りである。
時代が時代ならばまさに刃物を携えて、「赦してもらえないのならば貴方を殺して私も死ぬ」とばかりに、“Nice boat.”一直線だったはずだ。
その“Nice boat.”のネタ元でヤンデレのパイオニア『School Days』から足掛け10年が経とうとしているが、時世時節、法律規制の観点から見ても、同級生2とスクールデイズの背景は明らかに違う訳であって、不謹 慎な話だが、ヤンデレの犠牲。古風に言えば無理心中も、同級生2時代の方がぶっちゃけ安易だったと言える。
それに較べれば、スクールデイズ以降の現代社会の方が実に殺伐としていてどうも居心地が悪いというのも、今再びこの世界に立ち入ってみて感じた事でもあ る。
加藤みのり(告白成功)
よき時代だった。と言ってしまえば非常に年寄染みているが、幸いにもこの同級生2の世界はそうした殺伐感はなく、或いは寸前で留まっており、やはり気持ち が良い。
主人公の赦しを渇望し、半ば求めて主人公・竜之介と結ばれる彼女だが、文字通り時代が時代だったらその駆け引きの最中で竜之介は刺殺されてもおかしくはな い状況だった。そうしたヤンデレの概念が表面化される直前に竜之介は彼女を赦し、受け止めたと言え、また見方を変えればこれも女性の怖さ、強かさ、彼女特 有の巧妙な心理操作の成せた結果だと捉える事が出来るのである。
「私で良ければ、喜んで彼女になります」…同級生シリーズ屈指の美少女キャラとして名高き加藤みのり告白成功の瞬間。その立ち絵は各ヒロインの中でも最終盤のごく僅かのみにしか拝めない上に、その映える屈指の美少女ぶりが大いにプレイヤーの心を捉えた。また主人公しか目に入らないという完デレのセリフの蓄積も、相乗効果となった。

TOD的こころ~鮮魚店の考察

主人公・竜之介と彼女は、その後町内に鮮魚店を開いた。とされる。コンビニ店員をしてサービス業こそ天職と思った主人公が、鮮魚店を開く。という経緯が改めて思うと実に憶測の幅が大きくて面白い。
どういう設定で鮮魚店となったのか、という真の理由はシナリオの蛭田昌人氏しか分からない事ではあるが、今考察してみると、先述のスクールデイズからヤンデレ要素に繋がる部分があるという見方はどうだろう。
鮮魚店は魚を捌く。つまり包丁を使う。ヤンデレのデフォルト武器としての包丁である。
竜之介と彼女は、周囲が引くほどの仲の良さの一方で、やはり主人公しか目に入らないというヤンデレ要素が彼女にはあり、喧嘩の時は空恐ろしい状況になる事 多々あったのだろうと思えば、すとんと落ちる。そこで何故鮮魚店なのか。包丁を持たせる事でストレスが発散されれば良いと解釈するのは無理があるか、単に 包丁捌きが玄人並みだったから、とでも言っておくとするか。

鮮魚店「竜之介」を開いて、オリジナルの時から数えれば5年強。東京築地の移転問題にもきっと絡んでいる事だろうが、多くの苦労を知るみのりは、そんな問題を物ともせずに二人三脚でやっているのだろう。実に羨ましい限りである。