蚤 の夫婦、奥手ながら一挙手一投足に悲喜交々なるガラスの青春恋愛譚

早乙女選手、ひたかくす 第1集早乙女選手、ひたかくす 第1集
評価★★★★★


『バッキバキの腹筋女子高生が、ドッキドキの初恋!?』というフレーズは本誌連載の通例となっている。高校女子ボクシング界のチャンピオンで稀代の才色兼 備の美少女、早乙女八重と、運動は苦手だが何故かボクシング部に所属し、トレーナーとして優秀だと認められたか弱き少年・月島サトルの織りなす、涙とシリ アスの青春ラブコメディ。本誌連載の時系列は若干ソーティングされているが、描き下ろしも含めて第一話から第九話として収録されている。
主人公は早乙女八重と月島サトルだが、本誌のチャプターを追えば事実上、ヒロインである八重が主人公とみて良い。
設定から見るようにいわゆる強盛筋肉系少女が、弱気な少年に告白する。という事から始まる話で、ヒロインのビジュアルはとかく仏頂面で眼力の鋭さを強調さ れている。しかし、内面は非常にナイーブで、サトルの何気ない言動を深く気にし落ち込むなど、ボクシングに対する時と、恋する相手に対する時とのギャップ が大きく、そう言うギャップ設定が好きな読者にはたまらない魅力を持っている。
ギャグ要素やサービスカットというのは殆どなく、主人公の真面目さと一途さを強調し、淡々とした構成ながらも、キャラクタの繋がりは非常に温かいものを感 じさせ、読んでいて心地よい。逆にシリアス、切なさ、胸詰まるダークな要素というのもないために、そう言う意味では安心して読み進めることが出来るが、波 瀾を期待すると言うこともないので、そう言う意味では物足りなさも若干あるかも知れない。八重とサトルの仲の進展が瞭然と言うまででもない日常系の要素も あるので、個々のキャラクタに感情移入できなければ、ストーリーに入る事がなかなか辛いというのも事実のようだ。
まあそれでも個人的に何度も繰り返し読みするほど嵌まった作品なので、星評価は5とさせて頂きました。

鷹岑昊、単行本20回は繰り返し読みすほどハマる

よくツボにはまると言うが、不肖・鷹岑が漫画の単行本を繰り返し読み飽きず、と言う経験はここ十数年来ない。以前は何だったのか。と問われれば答えに窮すが、「早乙女選手、ひたかくす」に関しては20回は繰り返し読んだ。というのは嘘ではない。
まあ、週刊スピリッツという雑誌にそこまでこだわりがあったと言う訳ではないが、永く付き合ってきた週刊少年マガジンがあまり振るわない中で、オジロマコト氏の「富士山さんは思春期」を契機に、折を見て触れるようになったというのも否定しようがない。
鷹岑はそれらを踏まえて感じたことは、「蚤の夫婦」。長身女性が好きなのだ。という事なのかも知れない。考えてみれば、中原アヤ氏の「ラブ☆コン」も相当 嵌まったことを考えれば、目下スマートフォンアプリ「ジャンプ+」で連載中の篠原健太氏「彼方のアストラ」のユンファが気になって仕様がないというのも、 なるほどだと思っていたりする訳で。

何気なき一言も、世界を冥くする月島の皓り

ただの筋肉馬鹿ならばよい。「ウッス!」体育会系のノリが苦手な鷹岑もそういうことなら読まずに済んだはずだ。
しかし早乙女八重は違った。とにかく可愛い。その一言に尽きる。第一話は冴えなく、試合で一度も勝ったことのない、つまりは弱く選手に不向きな月島サトル に唐突の告白というシーンから始まる。どう言う経緯やなれ初めがそこにあったのか。後々に語られることもあるのだろうが、はっきり言ってそう言うこと自体 非現実的である。しかも八重はボクシングチャンピオンだけではない。容姿端麗・学業優秀。まさに文武両道・才色兼備という完璧な存在。早乙女八重そんな美少女が何故か冴えない同級生の少年に恋をし、その一挙手一投足に激しく落ち込んだと思いきや、自分を思っていると知ると途端に復活、実力を遺憾なく発揮する。それでいて恋愛は不器用。不器用なのに彼に恋をし、告白するってんだから凄まじい。
全てをアスリート魂と一括りにしてしまっては可哀相だ。ボクシングや試合に対する矜恃はチャンピオンかくやとばかりなのに、恋人となった月島サトルのさりげない仕草や言葉にいちいち落ち込み、そう言う矜恃を持ちながらも影響を及ぼしてしまう。放っておけるはずがない。
第一話は、そんな彼女の告白を月島サトルは戸惑い断ってしまう。言葉足らずなんだが、八重をアスリートとして尊重したいからなのだと言う事なのだが、彼もまたいつも言葉足らずだった。

八重の告白は、押しに弱いサトルにとっては選択肢のない宣告のようなもの。「あなたが好きです。私と付き合いましょう」と言うセリフから始まった物語は、有無を言わさずサトルは八重のものになる、と言うことなのだった。
それでも、八重がサトルを尻に敷く、彼を養うのは私。と言うようなゴリ押し独占欲というものでもない。口下手な八重を、自ら告白に至らしめた経緯は後の話 としても、それを一度は断ったサトルを責めるまでもなく激しく落ち込み、ついに号泣してしまうのだから、サトルも罪深い。
監督の教師に八重のことはどう思っているのかと問われたサトルは、「八重さんが好きだ」と答え、秘密裏の交際を始めるという事に到る。まあ、八重が美少女だからこそだが、まあ、恋に対する脆さを見せられ、グッときた。と言うのも正直な話である。

女子力高し、リア充・月島サトル

月島サトル八重が想いを寄せて止まない月島サトルの過去は、本誌と単行本でセリフが若干修正されているが、中学以前は辛い目に遭っていたことを彼の綺麗な姉が仄めかしている。
自分を強くするために始めたボクシング。しかし、選手としての芽は出ずのままだったが、八重との出逢いという副産物を得、またその知識を極めて八重専門の軍師・トレーナーとしての道を監督から告げられる。料理も得意というのだから実は家庭的なのかも知れない。
実はその料理が得意というのが現実的にも非常にポイントが高いらしいと聞く。俗に言う「女子力」として考えればサトルは八重の倍はある。多分、このままサトルと八重が二人三脚の人生を歩むとするのならば、間違いなくサトルは「主夫」に徹することになるだろう。
守る者、守られる者。男が前者で女が後者、という時代は実はもう古く、サトルのように女子力の高い男子が一世を風靡するのもそう遠くはない、と言っても間違いではなさそうに思える。

それでも、サトルはそんな純情一途な八重の心をガッチリと掴む“男子力”を遺憾なく披露する。「八重が好きだから!」、「八重さん凄く綺麗だから」
監督をして日々、八重を頭のてっぺんからつま先まで見ている。
実は月島サトルはヘタレなんかではなく、アスリートとしての八重と一人の女の子としての八重。無意識にそれのバランスを保つ術を会得した天稟の勇士なのかも知れない。
まあ、八重のような美少女に告白されて素質が開花せずと言うのもない訳で。過去にどんな辛い目があったとしても、ヒロインに想われているという時点でリア充なのである。
ハートフルな二人の健全系青春ラブコメの行き着く先を見守りたいところである。