井筒渡、闇堕ちし光明を求める里奈に突き放され、純平、離間計を識るも杏寿への想い捨てやらず

ホリデイラブ~夫婦間恋愛~第5集▼ホリデイラブ-夫婦間恋愛- 第5集
評価★★★★★

ダブル不倫を基本軸として展開されているマンガボックス随一の大人の恋愛物語・第5集。
マンガボックスに於ける本連載を換算で、44話~58話を収録した。

井筒家に呼び出された杏寿と純平は、渡から過酷な言葉の折檻を受けることから始まり、里奈の離間計は重苦しい奏功を挙げて行く。
やがて杏寿の行動も純平に知られることとなり高森夫婦は、再び峻峭な壁に立ち向かわなければならなくなる……という大まかな流れ。

高 森純平・井筒里奈を震源とする両家庭崩壊の余波は本来、堅気だった里奈の夫・井筒渡の人格凋落を披瀝しなければならず、純平がブースター的立位置で渡の烈 しい神経質さをドメスティック・バイオレンスにまで増幅させることに成功したのだから、同じ男性として井筒渡に対する同情や憐憫は禁じ得ないものがある。 とにかく、男性側にも大きな責任がある。という理論の下で進められてきた構成の下、その里奈からも付けられた性格を詰られ、別居を図らんと荷物を纏め出す 様子をただ見ていることしか出来ないという、井筒渡に押された烙印と不憫さを喩えるならば突然、汚れ役を宛がわれ、そして秋の黄昏の如く、瞬間に普通の家 庭が崩落してしまった、というものだろう。
それが決着したかどうかは本書を読み進めてみれば判るのだが、カバー表紙を婉然と飾る井筒里奈の仕掛けた離間計は、断続的な微震動となっているようには感じる。

今巻は、昨今とあるWEB漫画でも大反響を呼んだとされる「ネットの闇」にスポットを当てた漫画を想起させる様なチャプターがあるが、この作品ではまだそ こには到っていないが、作者側が様々なケースがあると言うことを提言しているという意味で参考値として読むことが出来た。

悪女・ビッチの烙印が押された井筒里奈にスポットライトがソフトシフトして行く流れの中で、里奈は女性の強かで、それでも人に頼れないと折れてしまいそうな「か弱い」部分をチラ見させ、そうした烙印を跳ね返そうと藻掻く姿を出してきた。
高森家崩壊の離間策を模索し続ける姿そのものは悪女然としているのだが、見方を変えればそこまでして愛してくれるのは男冥利と勘違いしてしまうのがこの作品の手練手管なのである。
杏寿もまた白日の下に行動を知られてしまうのだが、「同じ穴の貉」よろしく、やはり保身にしか奔らない登場人物、全員クズという見方は不変。
杏寿はともかくとして、里奈はそれこそ享保七年の吉原百人斬り事件よろしく純平や杏寿、そして怨恨著しい渡たちを惨殺する、かのような思いすら抱いていないだろうかと推測。
それはともかく、里奈が果たして奇策の果てに得るものは何か。という視点でハヤシライスを食いながら読み進めて行くのも、一興かも知れません。

里奈は閻婆惜か潘巧雲か。渡に“阿婆擦れ”と罵倒されようが恋にすがる

今巻は、表紙を飾るキャラの通りに、井筒里奈に主眼がソフトスライドしてゆく契機となっている。マンガボックスが旗艦誌ではあるが、ベースはおそらく女性誌であることから、ホリデイラブは女性擁護の構成が目立つ。
本来、普通の家庭環境に日々を過ごして行くはずだった井筒渡が、その妻・里奈と間男である高森純平の不義密通に巻き込まれ、いつの間にか人格破綻者の烙印を押されて渡にも問題がある。と言われてしまっているのだから本当に立つ瀬がない。

◇井筒渡、病関索・楊雄に似ているようでそうじゃない説

中国の4大小説・水滸伝に喩えるならば、井筒夫妻は渡が天牢星病関索・楊雄で、里奈が楊雄の妻・潘巧雲に比される。ホリデイラブの世界が中近世であったら、間違いなく渉は楊雄よろしく里奈の腹を一刀のもとに断ち割って殺害しているだろう。
まあ、楊雄には義兄弟の天慧星拚命三郎・石秀がいたが、渡には石秀に比する親友らしき存在がない。というか、登場する男性が皆恋愛的アウトレイジである。

里奈が果たして渡に対する思いを完全に断ち切り、嫌悪感しか抱いていないとするならば普通に井筒の家を出て実家に帰れば済む話であり、二人の子供の親権要 求は傍目から見ても烏滸がましい。ただ、育児を含めた日常生活の維持が可能かどうかも配慮されるという事らしいから、里奈に対するDVに加え、おむつひと つ替えたことがないとされる渡が、完全無欠に子供の親権を取れるかどうかは非常に微妙な点である。いずれにしろ、渡は可哀想なくらいに泥を浴びせられた キャラクタであると言えよう。

考えてみれば楊雄は、イケメンの坊主・裴如海と不義密通をした潘巧雲を「この阿婆擦れ」と罵りながら殺害し、梁山泊入りを決定づけたエピソードだが、渡は 楊雄のように妻に対する未練を断ち切るという事まではどうも出来ない。粋がってはいるが、里奈を完全に放逐する事が嫌なようである。男の未練がましさを具 現化しているようだ。
里奈の生甲斐でもある二人の子供を取り上げようとするなど、精神的拷問を加えながら支配下に留め置きたいという屈折した愛情が、この二人の子供にとって将来の人格形成に大きな障害となりうることは明々白々で、そういう意味においても井筒の家庭は崩壊してしまっている。

◇井筒里奈、閻婆惜。高森純平、宋江に似ている説

里奈の純平に対する想いの強さを見ていると、同じ水滸伝の女性エピソードに由来する、閻婆惜という美女と宋江の悲劇が重なって仕方がない。
及時雨の異名を持つ宋江は、まさに純平のような人格者然としていて仲間たちの信望も厚かったが、閻婆惜に言い寄られて一度の過ちから恋情は大火の如くとなって宋江に誤殺されてしまう。
さすがにホリデイラブでは殺人事件にまで至ることはないようだが、里奈の純平への執着は閻婆惜のようであり、かつ離間計を用いるなど強かさでは閻婆惜など足元にも及ばない。

それにしてもここに来ても主要キャラたちは目先の事象に囚われ過ぎて、事の本質を見ようとしないのが実に不思議で仕方がない。当事者にならなければ分からないものだとは言うが、果たしてそうだろうか。
作中、里奈は渡に対して交際していた頃から信頼関係を作ろうとはしなかった、としているのだが、もしもそういう関係を知っていて子供を二人も作っていたと いうのであれば、以前から言っているように子供が非常に不憫である。両親や、両親と同じくらいの成熟した大人同士が痴情のもつれで罵詈雑言の応酬では、大 人不信となることだろう。誰が責任を取るというのだろうか、という話。
高森・井筒両夫妻のどちらが善か悪か、という不毛な議論による副産物なんかよりは、今から10年後という世界を想定した、里奈の二人の子供を主役としたダーク系人間ドラマの構想を練ったほうがよほどためになるというものだろう。
黒旋風・李逵を召喚して十把一絡げにして血祭りに挙げてしまったほうが、よほど社会の健全化に貢献できるというものではないだろうか。