ドラゴンクエストⅪ~過ぎ去りし時を求めて~プレイエッセイ③

イ シの村~旅立ちの祠

フェルナンド、自らを究めて三角岩に誓いの鎚を下し グレイグ、忠義を果し辺境に勇者を追い詰める


テオの遺志、確実にフェルナ ンドに伝わる

満馥の橋梁修復から話は開けてゆく。イシの村、謎の少女密林を越えると渓谷地帯の旅立ちの村へ辿り着くが、果たして主人公・フェルナンドにとっては本当の意味で旅立ちの 日を迎えることになる。
ドラクエシリーズの通過儀礼のようなものだが、悲観的な見方はない。効果かも知れないが、何故かそうなのだ。
言葉を発しない主人公。ただ、過去のモノローグで登場する主人公は話す。なかなか良い子のようだ。きっと、テオやペルラの育て方が良いのだろう。
涙が流れないのは強さなのか、仕様なのか。武田鉄矢も言う。涙は海の味がするでしょう。人の心を海にするのです。フェルナンドもかくやであったと、信じて 疑わないのであるが。
ふと、過ぎる幼き日々。フェルナンドの幼少期の貴重な話もやけに生々しい。幼馴染み・エマに似た少女がスカーフを木の枝に引っかけて泣いている。どこかし か懐かしい心地になる。と、同時にフェルナンドの胸をしくしくと痛める回想。

テオの遺志「花の乱」では椿を拾った一休禅師は物語後半まで登場したが、DQⅪではフェルナンドを拾い育てたテオは、オープニ ングから故人である。親愛なる人の死は人を大きくすると言う。フェルナンドもきっとそうなのかも知れない。
本来ならば、世界を救う勇者だからデルカダール国王に会ってこい。などと唐突に言われて半ば追放状態でイシの村を逐われた。怨んでも仕方がない。しかし、 フェルナンドは運命を受け容れてデルカダールの武烈王に謁見した。大したものではないか。主人公とはいえ、物語のレールの上を進んでいる。悪堕ちしても仕 方があるまい。
そうした中で、やがて話は進み、イシの大滝と呼ばれる水源地帯にある三角岩(DQⅧの三角谷とニュアンスが近い)の袂に、テオの遺志が込められた。「人を 恨んではいけない」何という釘差しか。フェルナンドはそれを守ってゆくことになる。

グレイグ将軍、大刀・関勝を彷彿とさせ官兵としてフェルナンドを追う

グレイグ将軍武 烈王が勅命を下し、フェルナンドを追伐せしめんと図った先鋒使として、名将と名高きグレイグ将軍を派遣する。見た目が悪い人そうには全く見えないからいつ か協力者になってくれるのかなあ。などと思っていたりとかする訳だが、水滸伝の最強最後の好漢と位置付けられる、関羽の子孫である天勇星大刀・関勝も梁山 泊入りするのは後半も後半だ。関勝も元は官吏。まあ、将軍位にあるグレイグとは違って地方の捕吏だったらしいから地位敵には比較にはならないのだが、何故 かしゃかりきになってフェルナンドと、巻き込まれたカミュも狙われる。
と、いうよりも一番可哀相なのは、長閑に叢で草を食べていたのに逃走中のフェルナンドらに無理矢理跨がわれ、グレイグの弩弓に射殺されてしまった、無辜の馬たちであろう。あれはホント、ひどい。走って逃げやがれ、と思わず唸ってしまったのである。

それでは、また次回。