ドラゴンクエストⅪ~過ぎ去りし時を求めて~プレイエッセイ⑧

ユグノア故城

静賢王ロウ、ユグノアの驟滅を嫡孫に吶然と訃げ マルティナ、崖下にフェルナンドを救う


――――荒城の故郷、十六年 の時を留めて嫡孫フェルナンドを迎え、魂魄天樹に帰す

ユグノア故城来訪グロッタの武闘大会の優勝賞品として用意されていた、虹色の枝は謎の武闘姫と従者・ロウの二人組に持ち去られていた。『ユグノア城跡で待っている』という書き置きを見た僕は、真顔で読み直す。
「何度読んでも、同じだろう。盗人の風上にも置けねぇ」カミュが怒るも、そんなプライドはどうかと、ベロニカに突っ込まれていた。
「行くしかありません。虹色の枝がなければ、鬱林を暗闇の中歩くようなものです」セーニャの言う通りだった。それよりもセーニャからすれば、一刻も早くグロッタを発ちたいという考えの方が強いような気がした。
丘陵地帯を西に降り、また峡谷を抜けて行く。ユグノア地方は険峻な盆地を囲む外環山嶺の麓にあると、聞いた。途中、降雨があり道は荒れて草木が鬱蒼としていたが、そこを乗り越えて行くと、やがて雨が上がり陽射しが戻ってきた。そして、霧が晴れた時、僕はがく然となった。
「あれが、ユグノア城……」絢爛豪華であっただろう、城郭は無造作に破壊の限りを尽くされていて至る所が瓦礫の山。城下町は、見るも無惨に、人骨のひとつも無い。
「…………」絶句する僕に、ベロニカとセーニャが気遣うような仕草を見せる。「大丈夫です。幸いか、不幸か。僕にはこの場所の記憶がないから……」それでも、心奥に疼くような痛みを覚えてならない。
城門を越えると、ロウが待っていた。「待ちかねたぞ。こっちじゃ……」あの武闘姫はいないのか。訝しげなカミュに、ロウは返す。「今は少し別のところにおる」その語気に表裏は感じられなかった。
中庭があったが、そこは強敵・ドラゴンが数体、屯していた。「っ!」僕は無意識に剣を抜く。得意のアタックも磨きが付いてきた。僕は不意打ちを与え、セー ニャやカミュの連携技で次々とドラゴンを伐つ。「フェルナンドの切っ先がいつもより冥く感じた」カミュが呟いた。「大丈夫」僕は久しぶりに口に笑みを浮か べた。

ロウ、静賢王と明かし、フェルナンドの父・閔哀王アーウィン、実娘・王妃エレノアの葬送を奉奠す

静賢王ロウ

あの武闘姫の姿も見えない。奪っていった七色の枝も見つからない。僕よりも、カミュやシルビアたちが怪訝そうに思っているようだ。でも、僕はこのロウという老人を信じてみたいと、何故か確信出来た。
そして、ロウが立ち止まった故城の中道。そこにあったのはみすぼらしい、あちこち欠けた石で作った墓標だった。

そこで、ロウはおもむろに墓標にしがみつき、話しかけた。僕にも、みんなにも聞こえるように。語ったんだ。「あの時、喪われていたと諦めていたそなたたち の子供が……この愚かな爺の孫が――――生きておったんじゃあ!」それは、きっと誰も驚き、驚天動地になる告白だったのかも知れない。でも、僕はそうじゃ なかった。実感が全く湧かないからだった。亡国の王子と言われても、ぴんとこない。「僕は、イシの村のフェルナンド……だったから」その言葉に、ロウ…… いや、ロウじいちゃんは言う「是非も無しじゃ」

ユグノア王族の葬送の儀ユグノアの驟滅で鏖禍から遁れ、静賢王…ロウじいちゃんが生き残っていた事は嬉しかった。「ユグノアの民たちの野辺送りをしょうぞ、フェルナンドや」「はい…!」
王族しかその儀式を行うことが出来ないと、ロウじいちゃんは言った。僕たちは故城の更に先、祭壇に向かう。すると、そこにはあの武闘姫が。
「…………」彼女は凜とした吊り目で、僕を睨視している。「姫、中座願いたい」ロウじいちゃんの静かなひと言に、マルティナは首肯き、ゆっくりと、その長い脚を進める。
僕はロウじいちゃんの言う通りにしながら儀式を進めた。初めてなのに、実にしっくりとくる。「どうした、フェルナンド」自分の所作に驚く僕に、ロウじいちゃんは聞いた。葬送
「初めてのような、気がしないんです」そう答える僕に、ロウじいちゃんは微笑して返す。「そなたも、ユグノアの王族。儂の孫なんじゃのう」

光の蝶が、野辺の火に誘われるように無数に集う。ロウじいちゃんが曰く「あの驟滅で犠牲となった、我が愛するユグノアの民たちの魂魄。皆、命の大樹へと還ってゆくぞ」
それはとてつもなく厳かで、また切なくも有りながら決して悲しいだけではない儀式のように思えた。「アーウィン。そなたには“閔哀”の諡を、エレノア。そなたも“閔哀妃”の諡を贈ることにしょうぞ」
それは、いつの日か再び、このユグノアを再建する日が来ることを夢見た、ロウじいちゃんの生き甲斐。物心が付かないまま永別れてしまった、僕の両親を、王廟に祀る諡号なのだという。

セーニャ、フェルナンドへの想いデルカダールの軍靴に阻まれ マルティナ、出自を告げるも勇者はただ首肯す

セーニャの想い野 辺の祭奠を終えて、ユグノア故城は静寂に包まれた。暫く一人にしてくれないか。というロウじいちゃんを言葉通りにそっとその場を去った僕は、山道を少し下 る。すると、その途中でセーニャが一人、切なそうな表情で佇み、僕の姿を見つけると、今にも涙が溢れそうなばかりに項垂れる。
「フェルナンドさま……」「どうしたの? 何か、あった?」いつものように真顔で尋ねると、セーニャは小さくため息をつきながら、言う。「こう言うとき、 何て言えば良いのか……何を言っても、気休めにしかならないような気がして……」「…………」「……ごめんなさい。こんな時にこそ、フェルナンドさまのお 力にならなければならないのに……私――――」
そんなことで悩んでいたのか。僕はくすっと微笑みを浮かべると、彼女の真っ直ぐな金髪と、胸元で力なく手を組んだままの小さな肩を両腕で軽く抱き寄せ、髪 を二、三度撫でた。「あ……っ!」 ふわりとした温かな感覚、少しだけ汗と服の生地の持つ匂いが混じった匂いにセーニャは驚き、思わず小さな声を上げた。
「ありがとう、セーニャ。でも、僕は大丈夫。君や、他のみんながいるから。いてくれるだけで、十分なんです」そう言って、僕は身を離した。ほんの30秒くらいだった。
「……フェ、フェルナンド……さま……」暗がりで判らないが、セーニャは更に俯いて僕と目を合わせようとしなかった。彼女の顔が、そんな不安を一周してしまうくらい紅潮していたのを、僕は気が付かなかったんだ。
声を掛けても、茫然としているセーニャ。彼女もまた一人にした方が良いだろうと思って、そっと立ち去った。マルティナ

そこから更に山道を下る。故城の廃墟と、遠巒が眺望出来ようと思われる場所に、彼女はいた。
「これは……ちょっと恥ずかしいところを見られたわね」「黄昏れている、って言うんでしたっけ」「もう夜なのに?」「うーん……」僕がまた真剣な表情になると、彼女はクツクツと笑った。
「あなた、本当に可愛いわ。坊ちゃんって、言われるのわかる」「そうなんですか」多分、揶揄されたのだろうか。「ほら、グロッタのお色気ペアからそう言われていたじゃない」ビビアンとサイデリアのことか。「ああ、そうですね」そんなやり取り。
「ちょっと歩かない? 夜の山気は気持ちが良いわ」「はい」そして、少し離れた距離で、僕たちは並んで歩く。「改めて。私は、マルティナ。ロウ様とは――――」
その時だった。不意に山道の遙か下から馬の嘶きがかすかに聞こえたのを、僕は聞き逃さなかった。「マルティナさん――――!」「わかってるわ。フェルナンド、あなたは早く上に……!」

それは旅立ちの祠で追撃を図った、デルカダールの将軍・グレイグの精鋭部隊だった。応戦するマルティナ。跳躍する脚技に張り倒されて行く甲冑兵。僕も負けじと応戦するが、確実に多勢に無勢というものだった。「今度は、離さない早く逃げなさい!」マルティナの叫びも数で押してくるグレイグ隊に圧され、僕は深い峪へと直下する、崖に追い詰められてしまった。
「殺すな、捕らえろ」グレイグの厳命で兵はジリジリと間を詰めて行く。その時、固い岩盤は多勢の重さに脆くも皹が奔ると、がらがらと音を立てて崩れ始めたのだ。

「フェル――――!!」マルティナの叫びが聞こえた気がした。もはや、これまでか。とばかりに意識が遠離る中で、風圧と同時にとても温かく、柔らかな感触が、僕の身体を包んで行くのを、感じていた。『今度は、絶対に離さない――――」

濡れた身体を温めるのは、これが一番です

ふっと意識が戻った。瞼を開けると、丸木の天井に、橙色の火明かりが揺らめいている。「僕は――――」上体を起こす。服が濡れている。ずぶ濡れだがどこも痛くはなかった。千尋の峪に墜ちたとはいえ、水嵩があったのだろうか。それとも……。
部屋が暖かい。暖炉が煌煌と燃えている。その時、入口の扉が軋みながら開き、彼女が姿を見せた。クシャミをするから
「あ、起きたのね。あれから、雨が降り出して。外はまだ雨だから……それに服も濡れてるし――――暖を取りましょう」「…………」僕が薪を抱えるマルティ ナをじっと見つめる。「な、なに?」少しだけ顔が赤い。僕は彼女がどこか怪我をしていないか確認したかっただけだ。「薪を集めていたの。幸い、乾燥してい たわ。きっと、誰かの持ち小屋ね。勝手に借りちゃってるけど」そう言って笑うマルティナ。薪を暖炉に放る。小康状態だった暖炉が再び、煌煌と焔を立ち上ら す。火明かりに照らされるマルティナの横顔。髪は濡れている。唇も少しだけ紫がかっているように見えた。
「くしゅん!」
マルティナが小さくクシャミをした。エマもそうだが、女の子のクシャミはなんて言うか豪快とはほど遠い、控え目というのだろうか。だが、同時に小さく身体が震えたのを僕は見逃さなかった。
「……マルティナさん――――」「え?」「服、脱いでください」僕が躊躇いも何もなくそう言うと、マルティナは一瞬、きょとんとなった。「は?え?な、何?」
「早く、脱いで下さい」僕が更に続けると、マルティナの表情は驚きから羞恥と怒気が入り混じったように紅潮する。「な、何言ってんのいきなり!? そんなこと出来る訳……」
僕は彼女の言葉を無視すると、僕自身が服を脱いで裸になる。下着を除いてだ。僕の裸を突然見たのか、マルティナは絶句してしまう。そんな彼女を無視して、 僕は暖炉の近くに余った毛布を敷き、座る。そして、言った。「水に濡れて芯まで冷えた身体を温めるのは、この方法が良いって、子供の頃聞いたんです。そ う……」エマと遊んでいた幼少の頃、遠くまで遊びに行っていた帰りに、驟雨に当てられずぶ濡れたことがある。その時、エマから聞いた受け売りだ。あの時 も、そうした。温かかった。
「早く、脱いでここに……」僕に変な気持ちがないと感じたのか、それとも真っ直ぐに見つめられた勢いなのか、マルティナは顔を赤らめたまま、少しだけ背 け、言った。「わかったわ。でも、あっち向いてて」「はい」言う通りにすると、僕の背後でごそごそと音がした。滴り落ちる水の音、跳ねる音が聞こえてく る。
そして、ふと僕の背中に気配を感じた。「これで、いい?」恥ずかしくも強気を崩さない声色。「それだけではダメです」僕は許可もなく振り向き、毛布で裸の胸元を隠しているマルティナを引き寄せると、両腕で彼女の細くも引き締まった筋肉質の背中を抱きしめた。

「きゃ……!」フェルナンドの胸に顔を埋める格好になるマルティナ。雨が上がって「ど うですか。温かいでしょう」フェルナンドの言葉に、マルティナは眼球をきょろきょろとさせながら返す。「う、うん」意外に厚い胸板、自分でも意識している 大きな胸も、直にフェルナンドの肌とふれ合っている。若い男女が、緊急対応とはいえ、裸で抱きしめ合っているのだ。だが、意識しているのはマルティナ自身 だ。それが尚更恥ずかしい。
「震えています。もっと密着して下さい」多分、フェルナンドは本当にそう言う気持ちはないのだろう。だからこそ、そんなことを考えているのではないかと思ってしまう自分が恥ずかしかった。
「あなた……いつも、そうなの?」「え?」質問の意味が全く分からなかったのか、フェルナンドは首をかしげた。「いいえ。何でもないわ」
ただ、抱きしめられているだけなのに、フェルナンドの純粋な想いが、マルティナの心に沁みて行く。
「キミの胸、けっこう広いのね」「そうですか」マルティナの褒め言葉に、真顔で返すフェルナンド。その反応がどうも心地よい。「ふふ」だが。
「マルティナさんの心臓がトントンと速打ちしているので、心配していました」そんなことを言ってくるフェルナンド。合わせた肌から、ダイレクトにどきどき が伝わっていたのだ。「も、もう! フェルナンド……・・ゴロの才能あるわ――――」「え?」「ううん!なんでもないから!」変化球が続く言葉に、マル ティナも言葉を失ってしまう。

どれくらいの時間をそうしていただろう。
「ありがとう、フェルナンド。身体も温まったわ」そう言って、僕の胸を軽く押して身を離そうとするマルティナ。「でも、まだ外は暗く……」「服も乾いたみ たいだし、着替えておかなきゃ」「…………」不安と疑問の表情の僕に、マルティナは困惑の表情をしながら、呟く。「それに……こんなところセーニャ……に 見――――」
「と、とにかく! 着替えるから、またあっち、向いてて!」「はい」
服を着直したマルティナが、もう一枚備え付けられていた毛布を羽織り、僕の隣に腰を下ろす。「これで、よし!」「あの……」疑問を投げかけようとする僕を、マルティナはきっとその強気な瞳で睨視し、語気強く言った。「いいから! あなたも早く服を着なさい!」

命じられるままだった。そして、夜が明けると雨も上がって緑の薫り立ち込める山気が小屋に流れてくる。だが遂にこの夜、カミュやセーニャたちは来なかった。

それでは、また次回。