ドラゴンクエストⅪ~過ぎ去りし時を求めて~プレイエッセイ⑱

最後の砦

勇者、蒼海の想い享けて故里に移徙しエマと再会せしめ 武烈王、威を以てグレイグを翔驍将軍に陞す


アラーニ、暗澹の桟橋に勇者を釣救し故里 イシへの移徙を薦める

【小説形式】

アラーニはまた嘆いていた。魚籠は坊主。これで何度目だろう。“最後の砦”には日々、這々の体で難民が辿り着いてくる。ぼろきれのように傷つき、生きる気 力さえ朽ち果てようとしている多くの無辜の民達のために、食料調達の釣り糸を垂れる。常闇の空、漆紺の海。こんな海になっても、一応食べられる魚は釣れ た。しかし、日々凶悪化した魔物達は活動を活発化させ、釣果も削るように落ちてゆく。「もう、夕方あたりか」今日も三日ぶりの坊主に終わる。常闇だから昼 も夜も関係ない。日々の慣習でのみ、時を計る。勇者、復活
釣り糸を引き上げようとした。その時だった。竿がクイクイと引いた。「お、最後の最後に掛かったな! おっしゃ、坊主にはならずにすむ!」アラーニはここ ぞとばかりに竿を思いきり引き上げた。バシャン! 海面が大きく水飛沫を上げ、アラーニの全身に掛かる。思わず身体を背けたその直後だった。
「!?」筏に突然、亜麻色のサラサラな髪を靡かせ、真顔で凜とした瞳が特徴的な少年が、真っ直ぐにアラーニを見ていたのだ。
「だ、誰だおめぇ!?」「ここは……」フェルナンドが驚くアラーニに開口一番、そう尋ねる。「デルカコスタの船着場だ。兄ちゃん、アンタは一体……」 「フェルナンドと言います。驚かせてすみません。今は、それしか言えなくて」こんな時でもフェルナンドは恭倹とした言葉遣いだ。アラーニは彼が魔物や物の 怪の類いでないことをすぐに見抜く。
「どっから出てきた人かは知らねえが、もし行くアテがないんだったら、ここから西の山麓伝いに進んだところに行ってみな。アンタのように行くアテをなくした連中が 多く集まっている砦があるんだ」
フェルナンドは四方を見廻した。見覚えがある。忘れられるものではない。確かにデルカダールを逐われ、カミュと共に駆け抜けたデルカコスタの平原だった。 「もしかして、そこは……イシの村――――ですか」フェルナンドの問いに、アラーニは怪訝そうにフェルナンドを見て言った。「ああ、昔はそう呼ばれていた らしいな」
「ありがとうございます!」お礼もそこそこに、フェルナンドは駆けだしていた。「変わったガキんちょだなあ……」彼が勇者を陽の下に戻した救世の釣り師と呼ばれる のは、まだ先のことである。

フェルナンド、最後の砦に到りてエマと会遇し、強く抱擁する

Atmosphere LOVE IS ALL from 徳永英明

瘴気が立ち込めているように空が紫紺に燻る。魔に支配された世界をこうして歩んでいると、痛切極まりない。しかし、それでも現実は現実として受け止めなけ れば進まないのだ。フェルナンドは駆けた。イシの村跡に人が集っている。この世界の現実を受け止めるためにも、駆けつけなければならない。
モンスターの強さは大樹枯朽前とは比べものにならない。確かに、一人では限界を感じざるを得なかった。
イシの大滝を抜けると、新しく組まれたような門扉があり、炬火が煌煌と掲げられていた。デルカダール国軍と思われる兵士の姿に、フェルナンドは一瞬、身動 ぐ。「お前、どこから……まさか一人でここに?」フェルナンドが頷くと、兵士は一瞬、フェルナンドを見廻してからおもむろに門扉を開けた。エマ
「入れ。奥に避難民が集っている」言われた通りに、フェルナンドは奥に進む。歩き慣れた地形だ。間違いなく、そこはイシの村へと続く山道だった。そして……。

『最後の砦』と呼ばれたイシの村は、村と呼ぶには語弊がある程に、文字通り山塞化されていた。そして、活気と言うには違和感があるが、そこには確かに人の往来、そして奇しくもフェルナンドにとっては懐かしい薫りが漂っていた。
力なく、それでも何処かしか前向きになろうとしている気が窺える往来。誰もフェルナンドをフェルナンドと気づかなかった。そして……。

「フェル……フェル…ナンド――――なの?」フェルナンドの耳に聴こえてくる、懐かしく愛おしき玲瓏とした声。空を仰いでいたフェルナンドが即座と振り向く。
「―――――!!」赤いスカーフに、金色のまっすぐな長い髪。胸許で祈るように手を組み、恐る恐るとフェルナンドを見つめながらも、微笑んだその美少女と 目が合った瞬間、フェルナンドは無意識に彼女を強く抱き寄せ、確かめるように彼女の細い背中をさすっていた。「フェルナンド! ああ、フェルナンドなの ね!」「エマ――――エマ!」髪の薫り、柔らかな肩のぬくもり、抱きしめ返すその華奢で美しい、少しだけひやりとした手指。フェルナンドは言葉もならず、 ただエマの名を呼び抱きしめる。ペルラ
「あ……痛いわフェルナンド」少し苦しくなったのか、エマがそう小さく訴えると、フェルナンドはようやく彼女を解放した。「ふふっ、フェルナンドにこんな に強く抱きしめられるなんて、すこしだけ恥ずかしい……」そう言って悪戯っぽく舌を覗かせて微笑む。「良かった……君が生きていてくれて――――」
「ふふっ、フェルナンド。生きているのは私だけじゃないわ」そう言ってエマは先に立つ。逸る気持ちを抑えきれずに、彼女はフェルナンドの手を握りしめて駆けてゆく。
そして、最後の砦の南方、神の岩に通じる山道に設営された避難民キャンプの一角に、フェルナンドにとってエマと同じくらいに大切な人、そう。母のペルラの快活な声と恰幅の良い姿を見つけたのだ。絶望に喘ぐ避難民達を、彼女は持ち前の陽気さで支えていたのだ。
エマからのサプライズに答えるように「母さん……」そう呼ぶフェルナンドの声に、ペルラは振り向き、絶句する。いつもは絶対に泣かない強い女傑も、その時ばかりは瞳の端に光るものがあったのだった。

武烈王、フェルナンドと対面し汚名を晴らし、改めて誅魔の勅命を賜う

モーゼフ・デルカダール3世。尊号は武烈王。王国史上最高の賢主と呼ばれた大君は16年余、魔王ウルノーガに精神を支配されていた。命の大樹枯朽でその永 く冥い支配から解放された武烈王は、デルカダール城崩壊後、難を逃れた人々と共に、この最後の砦に逃れたのだという。大樹枯朽の後心神耗弱状態で長い間臥 褥していた。そんな武烈王が意識を取り戻し、フェルナンドを引見したいというのだ。武烈王モーゼフ・デルカダール3世
魔王に支配されていたとはいえ、フェルナンドにとっては因縁浅からぬ人物だ。マルティナの父でもある。恨むのは筋違いとはいえ、複雑なことには違いがな い。しかし、愛するテオの言葉があった。人を恨んではいけない。この言葉がなかったら、きっと自分も闇に堕ちていただろう。
フェルナンドは恭諾した。武烈王を忌諱しつづけることでマルティナのことを想うと、尚更彼女を悲しませるようだと感じたからだ。
大君にはそぐわない、イシの村の粗末な寝台から身を起こしていた武烈王が、ゆっくりとその節烈で沈勇なる表情をフェルナンドに向けた。初めてデルカダール城で拝謁した時と同じく雄々しき気品だ。
複雑な心境「…… 無事で……あったか」武烈王が語りかけると、フェルナンドも言った。「陛下、イシの村のベッドは寝心地が悪いことでしょうか」せめて、それくらいは言わせ て欲しい。だが、武烈王は小さく笑って答える。「いや、城の豪奢で静寂な寝台なぞよりも、民や虫たちの声を聴きながら木の軋む音を子守唄代わりに眠るのが 一番心地よい」
さり気ない冗談。しかし、さすがは崇高な賢君として名高き武烈王である。フェルナンドに対しては低頭の謝罪はなかった。フェルナンドは心に引っかかっては いたが、武烈王の真意を以後の旅で知ることになるにつけ、わだかまりは解けてゆくことになる。それよりも第一は、マルティナのことであっただろう。
武烈王はフェルナンドとの対話の中でも、マルティナのことは触れない。私事を絡めるような人物でないことを、身を以て示したのだった。

忠武将軍グレイグそして、フェルナンドにとってはまた因縁深き人物との再会が待っていた。フェルナンドを悪魔の子として果てしなく追及し、ユグノア故城で干戈を交えたデルカダールの忠武将軍・グレイグである。
「私は君命に遵ってお前を追及した。それもまた忠義」魔王に憑依された偽王であったとはいえ、それに気づかず、ただ国や敬愛する王のために行動したことを、決して恥じてはいない。グレイグの言葉はまた尤もなものであった。
微妙な空気に包まれる仮御所。そこへ、巡邏兵から注進が齎された。「塞外に魔軍が来襲! 圧されております!」愕然となるグレイグ。しかし、武烈王とフェルナンドは神妙だった。
「二人に頼みたい。塞外の魔軍をそなたたちで一掃してきてくれぬか」思わぬ武烈王の言葉に驚くグレイグ。しかし、フェルナンドは真顔のまま、武烈王とグレイグを交互に見る。
「御意」グレイグが勅命と受け取ると、フェルナンドも承諾した。今はそれぞれの思いを優先している場合ではない。ここイシの村、いや最後の砦の存亡が掛 かっているのである。「勇者よ、先に行っているぞ」グレイグはぶっきらぼうにフェルナンドにそう告げると、颯然と大剣を構えて幕舎を出て行った。

死霊軍塞外に向かうと、激しい剣戟の音と叫声が響いていた。敵はデュラハーンやスカルナイトなどの死霊軍を中心に構成された師団だった。最後の砦を陥落させることが大行賞になると叫び士気を高揚させていたようだ。『魔軍司令』という言葉が、気になった。
グレイグが先陣を切っていた。フェルナンドもすかさず剣を抜き、突撃をしてゆく。大剣が巻き起こす暴風と、フェルナンドの俊敏華麗な剣捌きは死霊軍をまるで木の葉の如く薙ぎ払ってゆく。「フン、なかなかやるな貴様」グレイグが吐く。「将軍のお力添えがあればこそです」
次々に襲いかかってくる死霊軍。フェルナンド・グレイグの奮戦と、デルカダール兵の持続力に支えられてついに最後の一体が斬り伏せられた。最後の砦を取り巻く邪気は寛解し、静寂が戻った。

それでは、また次回。