押見修造氏『血の轍』第13話考察


吹 石、静一との関係を求めて訪宅し 静子、異変を察知し火急に帰す

しげるを崖下に突き落とし殺人未遂を犯した母・静子の罪を隠匿せしめた静一。吹石さんその瞬間は衝動的なものであったに違いないのだと思います。
しかし、良心の呵責が静一を苛むことになるのですが、押見氏も流石です。第1集の発売に併せて、静子とヒロイン格・吹石とのファーストコンタクトをこの場 に持ってきたのですからね。
「惡の華」のコンセプトヒロイン・仲村佐和のオマージュとして登場している吹石は第1話から主人公・静一に強い好意を寄せているのですが、彼女の存在は本 来ならば真っ当な人生を歩むべきラブコメのヒロインなのです。しかし、あの押見氏がそれで済ませる訳がなく、ヒロイン・静子に敵対する立位置として吹石を 表現しているのでしょうか。下校も一緒にと望み、夏休みに静一の家に遊びに行きたいと積極的にアプローチを掛ける吹石の姿は、まさに男性男子の理想の恋人 像でありましょう。多分、吹石は一度恋人になれば、価値観を共有し、ざっくばらんに隠し事もせず、大らかに心打ち解け合える関係になれると思います。

しかし、静一にとっては憧れの人でもある吹石とは相思相愛と判っていても思いを果たせないのがもどかしいものがありますね。今回、第13話において、彼女 は本格的にストーリーに絡んでくることになる訳ですが、ノースリーブのワンピースで静一宅を訪問。彼女にとってはそのつもりだったとみて間違いはありませ ん。おそらく、最低でもキスくらいはしたかったのではないかと思いますが、肝心の静一の様子がおかしいのが気になります。
静一の家に誰もいないことを聞き、吹石はお邪魔したいと言い、更に静一の部屋を見たいと押します。そして静一の部屋に入った吹石は静一のベッドの上に腰掛 けて、静一を見つめるのですが、誰がどう見てもそのつもりだったでしょう。彼が草食系とみているのか、特に誘惑している訳でもないと言われてしまえばそれ までですが、少なくとも全くそのつもりもないのに、女の子が押掛け的に部屋に行きたいと言うのはあまり例を見ないような気がします。
そのつもりで…(吹石・血の轍)
長部静一の心の重き十字架を共に背 負う覚悟が問われる

静一の異変を吹石は感じています。「やっぱり、遊べない」酷く吃る静一の様子を斟酌して吹石は「わかった。じゃあ帰る」と言ってしまいますが、ここが彼女 の心の覚悟。静一に対する想いの軽重が問われる場面であるように見るのは早合点でしょうか。
それまでは友達以上に、軽口を言い交わし、じゃれ合ってもいた彼の異変を感じるならば、「やっぱり遊べない」と言わされる・・・・・何 かを抱えている彼を放って「帰る」なんて言えるものでしょうか。「何かあったの?」と問いかけ、「何でもない」と答えるであろう静一に「何もなくない。長 部、何か変だよ」と食い下がっても良いでしょう。彼は吹石が好きなのですから、けんもほろろな態度を取ることはまずあり得ません。
まあ、静一と吹石の関係がどれくらいのものなのかに因るのでしょうが、静一がなかなか約束を果たそうとせずに待ちくたびれて、そのつもりとも言える格好で訪問してきたくらいなのですから、食らいつくべきでしょう。

静一の母親・静子が犯した罪を隠匿し続ける事になるのか、静一は既に静子という永続的皆既日食の闇に取り込まれています。当たり前ですが吹石は日の下を歩 む無辜のいち少女。静一への想いが「恋する乙女」然では全く歯が立ちません。静一の立位置は、レベルが高すぎるくらいなのです。

ラブレター以前、血の轍をして私は吹石を『白仲村』、静子を『黒佐伯』と表現したかと思います。惡の華では水と油だった二大ヒロインですが、血の轍でそれぞれオマージュされている二人は、この物語でもおそらく同様の関係に至るのではないでしょうか。
立ち去ろうとした際に、吹石は静一に手紙を渡します。想いの丈を綴った内容であることは言う迄も無いのですが、静子に見つかったので破り捨てられる確率 は、非常に高いはず。それを破らせないように静一が抵抗出来るかが鍵ですが、破らせないとした瞬間に、静子は名実共に闇落ちするでしょう。しかし、破らせ てしまうと吹石を不幸の淵に落としてしまうことになります。
吹石そのものは出番もまだそんなに多くはないのですが、惡の華の続編という見方で進めていると、仲村佐和への思いが重なって、仲村救済の願望もあってなかなか捨てられるものではないように思います。
しかし、長部母子の歪な関係から見るに、吹石の想いは成就するとするならば、相当困難を伴うことになるでしょう。

心の去勢――――長部母子の関係

静子ママ息 子溺愛と言うとまだ聞こえは良いのですが、しかし私は静子は静一を精神的に去勢しているというように見えてなりません。支配概念というのもそうですが、静 子は執着というレベルを超えて、息子の精神的自立を阻害して止まない気がします。「究極の毒親」という表現も然りですが、去勢と言った方がより正確ではな いでしょうか。
籠の中の鳥は、脱走しても生きてゆくことは出来ません。ですが、静一はこれまで見ている話の中では静子を絶対的存在として畏怖するようにすり込まれながら も、機を見て独立したいと考えていたのだろうと思うのです。多分、彼は脱走したとしても結局は静子の元に戻るしかありません。ですが、自分の元を離れよう とする、そういうプロセスが、赦せないのだと考えます。
静子は母親であるから、それを感じていたとするならば、しげるを崖下に突き落としたのはしげるの存在が疎ましいという単純な理由ではなく、静一を永遠に縛り付けるための重い鎖を科すためという、実に悍ましい理由だったと思うのです。
親族であるしげるにすらそうなのですから、まして自分から静一を奪ってゆく危険性がある吹石の存在が、静子にとってどう言うものなのかは、想像に難くはな いのですが、この物語の醍醐味は、そういう心理動向に伴う、キャラクタの筆致の鑑賞にあると言えます。今話の静子さんは再び若く美しい姿に描かれていま す。微妙な筆致の違いによって表現される押見流の作風はさすがですね。