ドラゴンクエストⅪ~過ぎ去り史時を求めて~プレイエッセイ㉔

ユグノア故城

閔哀王(アーウィン)、フェルナンド王子に聖痕有りを大いに慶び
 雪遶国(クレイモラン)衍崇王、デルカダール武烈王と並び虚言を論じて結束を図る


ユグノアの廃墟は相変わらず、雨と静寂のただ中にあった。静賢王としてユグノアの国王に在ったロウが、もう一度ユグノアの地に行くべきだという強い想いがフェルナンドたちの足を向けさせた。
先だって訪れたネルセンの宿で、美人武道家の噂を知る。「マルティナに違いありません」フェルナンドが確信を持ってそう断言すると、グレイグの表情が少しだけ強張るのを感じた。彼女が向かったとされるグロッタの町に向かう前に、瓏公はユグノアに寄り道をして欲しいと言った。言う迄もなかった。

故城跡。地下に怨霊・嘆きの戦士が潜んでいるという。それは「ユグノアの驟滅」の悪夢にずっと囚われ続けている、誰であろうフェルナンドの父であり、瓏公の女壻・閔哀王アーウィンの魂であったのだ。
「今こそ、アーウィンを救う時ぞ」ロウの心からの願いがフェルナンドの決意を強くする。そして、その霊魂に近づいた時、不思議な空間が広がり、フェルナンドを包み込んだ。
クレイモラン・衍崇王
……16年前、ユグノア城―――――。

デルカダール・武烈王。クレイモラン・衍崇王。サマディー・顕道王。そして、ユグノア・アーウィン王。四大国と呼ばれたロトゼタシアの由緒ある各国の王が一堂に会す、四大国会議の場面だった。
勇者の聖痕を持つ救世の子が生誕したという吉報で急遽、招集された。アーウィンと王妃エレノアの間に生まれたフェルナンドこそが、聖痕の勇者であると。ロウは静賢上王として在し、クレイモランの衍崇王や、デルカダールの武烈王とは厚誼が特に深い。皆、フェルナンドの誕生を慶んでいたという。

エレノア、マルティナと共にフェルナンドを守護することを誓う

【小説形式】

勇者降誕の吉報は四大国会議本会議までは秘匿とされた。先んじて武烈王とその嫡女であるマルティナ王女がユグノアに入朝していた。閔哀王妃エレノアは、特に数年前から識っているこの幼い王女の美しさと、聡明で果敢な性格を気に入って側に置いていたという。エレノアとマルティナ
「もし王子が授かったら、あなたと結婚して貰いたいわね」あながち冗談とは言えない言葉に、マルティナも子供心に嬉しく、またよく分からない不安さにあった。「エレノアさまに似たならば、きっとみんなに優しい子になりますね。そして、アーウィンさまに似れば、きっと格好よくて、将来エレノアさまのような美しい女性と……」
その言葉を言いかけて、エレノアが真っ直ぐにマルティナを見つめたのを憶えていると、後に語った。

勇者降誕。それでも世界もユグノアも厳かで静かな時が過ぎていた。

エレノア

閔哀王アーウィンがいよいよ、本会議においてフェルナンドの披露目に望むことになった。多分、この時までは誰もこの先に突然訪れる国の悲劇を予想だにしなかったのだろう。
確かに、世界が闇に覆われつつあるという中で伝承の勇者ローシュの転生とも言える存在は、そうした危機意識を薄める効果があったと言うのも納得できるものではあった。
マルティナが一心にこの聖痕の赤子を見つめている。彼女もまた感じていたのだろう。自分とこの子が切り離すことの出来ない運命で繋がれていると言う事に。
アーウィンに抱かれて、フェルナンドは四大国会議本会議場へと向かっていった。

ユグノアの驟滅、そして繰り返される輪廻を断つフェルナンド

衍崇王。クレイモラン国国王にして、シャール女王の父。大賢の名声高き雪遶の賢王と呼ばれるこの長髯王がクレイモラン・衍崇王、フェルナンドを見て曰く「勇者の子とは即ち渾沌と破滅を導くこと也、光と闇は表裏一体。必ずや、ロトゼタシアに害をもたらす」
アーウィンは愕然となって剣幕を上げる。「豈や光闇は斯く申さず。万象を司掌せし大樹の赤子にして救国の聖旨を享けし宿命なり。必ずや、悪闇を祓うこと必定」
その言葉に、衍崇王は頤を解く。「許されよアーウィン殿。尊兄の覚悟を試させてもらった」武烈・顕道両王も大笑する。アーウィンがロウ静賢上王に視線を向けると、ロウも小さく頷いた。アーウィンが席を外しエレノア達と話をしている最中に、何か込み入った話をしていたのだろう。フェルナンド、勇者の子を如何にして守り、育てるかと言う事を。

しかし、その運命はその日の中に大きく流転する。昼過ぎに降り始めた雨は豪雨となって王城を打ち付け、窓を打ち、広間に響いていた。そして、1人の兵士の注進が齎される。
「モンスターの大群が、攻撃を!」
夜襲。しかし、モンスターの夜襲や急襲にも備えていた筈の警備兵も苦戦しているほどだという。アーウィンと武烈王は勇武に長けていた。武器を取り魔軍迎撃に向かおうとした。勇者を逃がせ

そして、武烈王が計らいを示した。「勇者フェルナンドを逃がすのが第一。尊兄は逸速く王妃のもとに行き、この災禍から救うべし」
アーウィンは武烈王に謝意を示し、その言葉に従った。
エレノアと傍に居たマルティナは既に逃走の支度を調えていた。しっかりとフェルナンドを抱きかかえ、生きるための覚悟を示していた。後に、マルティナは言っている。
「こんな時でも、フェルナンドは泣かなかった。生まれながらにして、凄まじいほどの覚悟を持っていた」
アーウィンに連れられて、ユグノアの地下水路から、2人を逃がすことに成功する。最期の別れの言葉は、「その子を、頼む」であったという。

城下は業火に焼かれて殄戮されていた。魔軍も桁違いの力を持って襲って来ていた。城中も粗方モンスターに破壊し尽くされ、惨死した人々の屍が積み上げられていたという。衍崇王、顕道王、そしてロウ静賢上王の安否は不明だった。国がたった数時の間に滅亡するという現実に、アーウィンは既に死を決めていたのだろう。そんな時だった。目の前に武烈王の姿が入った。
「おお、モーゼフ王。丁度良いところに。最早、これまで。しかし、我がフェルナンドだけは無事に逃げおおせられた。後はこの身果つるまで敵を斬り続けなん」
しかし、武烈王は突然、アーウィンに剣を突き立てた。鈍い感触と共に、鮮血が吹き出す。「何故だ……」それ以上の言葉を発することなく、アーウィンは斃れる。

バクーモス

それが、怨霊・嘆きの戦士たるアーウィンの見るユグノアの驟滅の事実、そして醒める事なき悪夢であった。
苦しむ怨霊の前に立ちはだかる、バクーモス。この魔物こそが、アーウィンに無間の悪夢を齎し、天上に待つエレノアの許へと行かせない元凶であった。
「ロウ公、この魔物をともに……」
フェルナンドが静かに瞋恚を滾らせていた。「やるかの、フェルナンドよ」「御意」
アーウィンの嘆きを食糧としていたバクーモスが、フェルナンドを新たに食糧として目を付けた。しかし、そんな卑劣な妖魔も、フェルナンドとロウが放つ浄化の連携技一閃、真っ二つにされて散ってしまったのである。

閔哀王とフェルナンド

閔哀王アーウィンの無間の悪夢は解放された。嘆きの騎士が、束の間の実体を得て、救魂の勇士・フェルナンドに気がつく。
「そなたが、我が息子・フェルナンド。逞しくなったな」
フェルナンドが微笑みながら頷く。声が出なかった。話したいことが多すぎて、しかし時間もなくて言葉が出てこないのだ。
「何も語ることはない。そなたがここにこうしておること。そして、こうして私を救ってくれたことが何よりの証だ。この父、冥利に尽きるというものだ」
そして、フェルナンドの傍らで、ユグノア静賢王、エレノアの父であるロウが感極まったようにアーウィンを見る。
「アーウィン。すまなかったのう。この儂がもう少し力があれば……かような――――」
「義父上、それは仰りませぬな。全ては天の宿命なればこのアーウィン、フェルナンドの凜々しき雄姿をこうして冥土の土産に見ることが出来たことだけで満足です」
「アーウィン……うっ、うっ……!」
「ただひとつ、心残りがあるとするならば、このアーウィン、フェルナンドの側で力になれぬ事です。義父上、お願い致します。なにとぞ、私に代わってフェルナンドをお守り下され」
「おお、おお。言われるまでもないことじゃ!」
「有難うございます。これで私も心置きなく、エレノアの傍へと帰ることが出来まする」勇者の力、復活
そして、光茫が暗い空間をにわかに照らし始め、透き通るような美しい声が響く。紛れもなき、エレノアの声だった。フェルナンドを愛し讃え、そして何よりも離ればなれだったアーウィンと再びともにいられる慶びに満ちていた。
「フェルナンド、さらばだ。私も、そなたの母エレノアもずっとそなたを見守り続けている。悲しむ事はない」
フェルナンドは力強く、頷いた。アーウィンの身体が光を放ち、薄れて行く。これが肉体としての永遠の別れだった。

そして、アーウィンが装備していた武具。そしてフェルナンドは驚いた。勇者の聖痕が復活していたのである。
「きっと……アーウィンと、エレノアが力を貸してくれたのじゃ!」
夢翠溪の太公望が言っていた、勇者の力とはそう簡単に壊れるものではない。という言葉の意味が、フェルナンドにはようやく理解できた。ユグノアの真実を得、肉親の魂を救った事が、フェルナンド自身の大きな勇気と自信に繋がったのである。

それでは、また次回に。