『血の轍』 第14回「はじめましてえ」考察

由 衣子、静子の存在が静一の桎梏たるを感じ 静一、恋文もて由衣子と静子を天秤に量る

挨拶を返さない由衣子、静一の 心の異変を感じたか

◆外面如菩薩内心如夜叉

吹石さんのフルネームが判明。〝吹石由衣子(ふきいしゆいこ)〟と言うことだそうだ。可愛い名前だが、今風という訳ではなさそう。
はじめましてえ(静子vs由衣子)前 回のラストで、由衣子と共に自室にいた静一。その光景を白い歯を覗かせて笑顔で見ていた静子。しかし、押見氏の技法さすがで、瞳が笑っていない。どうも静 子の動作一つ一つが無機質に見える。激しい足音を立て駆け上がってきた直後なだけに、激しく吃りキョドる静一はともかくとして、由衣子は心なしか異様な雰 囲気を感じ取ったのだろう。
「はじめましてえ」棘があるような静子の挨拶は、チャプタータイトルの通りで内実はアオリでも語られているように、純粋培養の静一に対する「不純物」であ る由衣子の存在を、冥い敵愾心をもって捉えたと言える。由衣子はおそらく、静子が静一を精神的に去勢しているというところまではまださすがに感じ取っては いないとは思うが、想いを寄せる静一が激しく恟恟としている姿にただならぬものを感じた、くらいはわかったのではないだろうか。

あれほど楽しみにしていた静一宅への来訪。約束を果たさないと業を煮やし、〝そのつもりで〟やって来た由衣子。静一も満更ではないはずなのに、急に今日は帰ってくれと言う。まだそういうことは早いか、と思って手紙だけを渡す。吹石由衣子由衣子もいったいどこまで本気で静一を想っているのだろうか。という話である。
静子が抱える闇の深さを知らない。また静子がどうしてそう言う闇を抱えることになったのか、また由衣子がどう言う経緯で静一に想いを寄せるようになったの かがまだ不明なだけに、現状では静一が陳腐なリア充の連名に入っている、と言うような感覚が払拭されないというのもまた事実。

◆白仲村VS黒奈々子、夢のオマージュ

ショートッ娘でやや吊り目がちの美少女は押見流の作品でヒロイン率は高い。「漂流ネットカフェ」の遠野などもビジュアル的には重なるが、由衣子は仲村佐和 の転生、と言った方が個人的にはしっくりくる。まあ、前回の考察でも言ったが、もしも舞台設定が惡の華と同じ時空間だったとして、彼女・仲村と、佐伯奈々 子の怨念が鬩ぎ合うというのであったならば実に面白い。別次元世界だったとするならば、それでもまさに転生である。久遠の絆よろしく、春日高男が長部静一 として転生し、仲村佐和・佐伯奈々子という光闇のヒロインがまた転生し、春日高男の魂を廻って因果を紡ぐ。何とも幻想的である。
まあ、しかし、「お邪魔だったかしら?」という静子の言葉に、間を置いて「いえ」と返す由衣子の表情に、ともかく仲村佐和の仄香を感じる。確かに、「初め まして、吹石由衣子です」と挨拶をしなかったのが、輪廻の成せる因果というものだろう。女性の第六感というのは私は知らない。しかし、もし女性の鋭い感覚 が当たるものだとして、由衣子が静子に感じた〝何か〟が、彼女自身を今後深い波瀾へと誘うことになるのかが注目される。

恋文を読ませ、静一の心を激しく折檻する静子

由衣子から渡された手紙を、一瞬の隙で静子に見られてしまったのが悔やまれるのか。咄嗟に隠そうとするが無意味にしかならない。由衣子が帰った後、静子は その手紙を出すように強要する。この時点でおかしい話。息子への封書を本人が読まぬうちに開けて先に読んでしまう。あり得ない。ラブレターと判っていなが らだから尚更、質が悪いというものだろう。
それでも静子は、一縷の母親としての愛情の片鱗を静一に示そうとした。由衣子の告白をその場で破却する。と言うことをせず、静一に一度読ませた。読む?  と聞くが、もちろん、読まない。という選択肢が静一にある訳も無い。由衣子の告白を静一に見せ、理解させた上で涙を流して縋る。捨ててもいい?精 神的な折檻だ。いっそうのこと、読まないで破られた方が良かったのではないだろうか、と言う話だが、由衣子の想いを敢えて知らしめた上で、受け入れられな い、ダメ、ダメ。と強い独占欲を露呈させて静一に迫る。「捨てていい?」聞くまでもない。静一に選択肢があるのか、ということだろう。

静一は由衣子の想いを知った。しかし、自身は母親に精神的去勢を受けている。生きる蝋人形のような存在の静一が、不純物たる〝美少女〟を自室に入れ、自分 が帰ってくるまで何をしていたのかわからない。由衣子の手紙を読ませ、想いを知らしめた上で選択肢のない質問をする。精神的折檻であろう。静一の前で、由 衣子の想いを破却させ、「静ちゃんは私のもの」と思い知らせる。この「捨てていい?」の見開きの静子は、非常に美しく妖艶でもある。静一視点で筆致を変化 させているという押見流技法の考え方に立ってみれば、ならば静子が涙を流して静一に迫ることを、静一はやはり嫌とは思っていない、と言うことなのか、既に そうすり込まれていると言う事なのか。別の意味で危険な匂いがしてならない。
ワールドエンドクルセイダーズちなみに、静子が静一に強要したこの口のコマを見て、ワールドエンドクルセイダーズの「神様」を真っ先に想起したのは私だけだろうか(笑)