【彼女、お借りします】人物考 察②

水 原 千 鶴

水原 千鶴〝レンタル彼女〟に矜恃を持っていた地味系女子、誇りを虧損されその虚像を脆 壊す

―――― 風俗レンタル彼女最大手・『Diamond』の看板キャスト
         『クズ』の烙印を押された主人公・木ノ下和也に指名され、運命が流転する


公式ステータス等は現段階では公表されていないが、スタイル抜群だとされている。
単行本CM等におけるCVは雨宮 天


地味系女子、一ノ瀬ちづる。訳 ありて健全系風俗稼業に勤しむ

WEB漫画サイト、comico+で連載されていた、くるみ亮氏の『みんな知ってる』(WEBベースで全67話)は、ネット社会の暗部を非常にリアリティ 溢れる事例で描き、読者の共感を得たことで知られる。所以、学校一の美少女とちやほやされていた主人公の少女が、SNS等で安易にネット上に上げたプリク ラの写真を何者かに悪用され、アダルトサイトや不健全出会い系などの虚構のプロフィールなどに使われた事で人生が大きく変わり、どん底から這い上がってく る苦悩と、それを支えてくれる友人や、それが原因で破局とさせられた彼氏を始めとする利己でのみ繋がった人間関係のえげつなさが胸を抉られるように伝えら れた、現状最大の問題作と私の中では位置付けている作品である。
なぜ、冒頭いきなりその漫画を引き合いに出すのか。
水原千鶴、ファーストコンタクト『彼女、お借りします(以下、カノ借り)』のメインヒロインであり、タイトルコンセプトヒロインである彼女・水原千 鶴は、主人公・木ノ下和也が恋人であった七海麻美から理由を知らされぬまま一方的に別れを告げられ、傷心を癒やすためにネットの風俗サイトを彷徨っていた 際に見つけ、それがファーストコンタクトとされている。 
まあ、今更水原千鶴だから――――というのもわざとらしくはあるが、学生の身分ながらそうした風俗稼業に属し、プロフィールとはいえ写真をネットサイトに 公開しているということが、なかなかに覚悟があるなという感心。大学生だから大丈夫だろうとか言う問題ではない。
千鶴が「事務所」と称しているレンタル彼女業の元締は、そう言うリスクも十分承知した上でキャスト(横文字で言えば格好が良いが、ただの風俗嬢である)を 雇っているのだろうし、みんな知ってると根本的に違うのは、自分の意思があるかないかの違いだと言う事もわかる。
これを言うと身も蓋もないのかも知れないが、毎日が栄枯盛衰の世界で、広大な砂浜からダイヤモンドを見つけるが如き芸能界から零落し、またそこへ上がれな かった者たちの行き着くところ。せめて非モテ・非リア充の悲しき男達の無聊を慰める癒やしとしての価値くらいはあるだろうという女性たちの第二の檜舞台 か。望まぬネット拡散は犯罪の価値大いに高いが、こう言う世界はむしろ自分を売り込むためにドンドン広げていって欲しいというのであるならば、話は別とい うもの。
一ノ瀬ちづる
一ノ瀬ちづるは、みんな知ってるの主人公とは多分タイプが逆で、地味系で普段は名前すら覚えてもらえない空気なのだというが、レンタル彼女に登録する源氏 名・水原千鶴では超絶な美女に変貌し、利用者の男性達の心を大いに掴んで止まないのだと言うが、地味系女子がガラリとシンデレラに変われるというのも、ま た物語ならではの話。顔は泥を付けたりペンで落書きをするなどして薄汚れたりは出来るが、身長やスタイルの肥痩は自由自在に操れる訳ではない。
しかし、一ノ瀬バージョンと水原バージョンで切り替わっても誰も気がつかないのである。水原千鶴はそんなに化粧をしているというイメージはない。一ノ瀬ち づると比較しても、髪型と眼鏡くらいで、地味系としていても一ノ瀬は不細工なわけがない。Diamondの公式プロフィールを見ている人間がいない訳ない のだから、一ノ瀬が水原であると気づく人が出てきても何ら不思議はないのであるが、何故かこう言う変身系は誰も気づいてくれない。藤子・F・不二雄先生の パーマンなどは露骨すぎるほどそうである。

彼女が風俗業の一であるレンタル彼女業に就いている理由だが、今は辞める訳にはいかないと吐露していることから随分と曰くありげな様相だ。この稼業がいわ ゆるソープランドなどの本番行為を許容する性風俗業と較べて収入の面でどの位の差なのかは判らないが、もしも経済的問題があるとするならばレンタル彼女業 はどうも中途半端だ。
と、なるとどうだろう。経済的問題と言うよりも、レンタル彼女として実在店舗が嘯くように「理想の彼女」を演じる、先述したように芸能人・女優を今も夢見 ている舞台としての位置付けなのかという話。
カノ借りと同時期に連載されている、春場ねぎ氏の五等分の花嫁において、ヒロインの一・中野一花が女優を目指しているというエピソードがあった。それに少 し重なる。一花の集団の一人が、水原千鶴と言うことになるのであろうか。どんなプライベートな理由かは推測の余地がありすぎるのだが、和也がまるでアイド ルのようだ、と言うほどに可愛く美人だとするならば、キャバクラあたりで指名トップを張った方が余程実入りは良いような気はする。

▼自分は美人であると判って いるからこそ

「容姿で人の価値を決める人は大嫌い」という名言を残した、恋愛アドベンチャーゲーム・同級生2の加藤みのり。彼女も普段はツイン三つ編み(当時は弥次郎 兵衛頭と言われた)にグリグリ眼鏡(極度に度数が高い、いわゆる瓶底レンズと言われたもの)という、一見非常に冴えなくブス扱い。しかし髪を解き、メガネ を外せば学校一の美少女であるという、今はもうお約束キャラ。水原千鶴
しかし、そんな加藤みのりは、冴えないブスの自分と、美人だと言われる容姿を使い分けることで言い寄ってくる男達をそう言う言葉で一刀両断してきた。本心 から好きになって告白した主人公である竜之介に「君は自分が可愛い事を自覚し、それを利用している。俺を試したのか」と切り返され怒りを買う場面がある。
一ノ瀬ちづるも加藤みのりとフィーリングは同じで、自らが可愛く美人である事を自覚し、一ノ瀬と水原を使い分けている。まあ、加藤みのりは今風に言えば ビッチだと言われても仕方がない行動を重ねたが、一ノ瀬ちづるはある意味それを商売にしているのだから別の意味で質が悪い。
勿論、レンタル彼女として店舗のリストに名を連ね、看板嬢となるためには懸命の努力を重ねているからだと言われればその通りかも知れないが、そもそもブス がどんなに着飾ったとしても限界はある。千金をはたいて整形をしても、素地の良い顔には及ばないという事だ。ちづるは素地が可愛いから、看板になれるので ある。
性格についても水原千鶴は理想の彼女と言われるが、それは演技としてそれこそ千金の努力で身につくものであるが、一ノ瀬ちづるの性悪ぶりも、容姿が優れて いるからこそ許されるのである。「人は見た目ではない」と格好付けたことを吹聴する輩が居るが、現実はやはり見た目が全てであろう。

▼一度の妥協が齟齬を来し、土 壺に嵌まる

和也とは同じ大学という設定で、一ノ瀬ちづるとしてばったりと遭遇する事になる。レンタル彼女業を秘匿したいと願っている彼女の〝弱み〟につけ込んで再び利用しようとする和也に対して、ちづるは折れる。何故折れるのだろうか。妥協が生じさせる齟齬レ ンタル彼女業をしている事や、秘密にしていることをさながら2時間サスペンスドラマで、犯人が被害者を追い詰めながら勝手に自らの犯行動機を滔滔と捲し立 てるかのように弱みを見せながら、和也の一度の強引さに負けてしまう。本気で和也を拒否しているのだろうか、という話だ。
店舗の規則を並べながらも、千鶴は結局妥協をしてしまうことになる。ここで心配されるのが、Diamondのサイト等で、正式な手続きを踏んで水原千鶴を 指名してくるであろう一般客の立場はどうなるのか、という懸念だ。千鶴はこの仕事が好きでやっていると言いながら、和也に対しては特別扱いを重ね、何故か 周囲には秘匿しているという極めて大きな矛盾を抱えているのである。
結局、和也のゴリ押しに一度きりの妥協をしてしまったことが、千鶴にとっての運命の暗転(?)に繋がって行く事になる訳だが、俯瞰してみれば墓穴を掘った、と言うことなのである。

▼正当化する言動と、風俗稼業の適性度

和也との一度の妥協が、レンタル彼女業に矜恃を持っているという千鶴自身の首を絞めて行く事になる訳だが、その大本は奇しくも彼女自身が矜恃を持つレンタル彼女のシステムを引き合いに出した自らの正当化にあると言える。
どう使おうと勝手・・・?和 也の環境に滲透してゆくようになってから、千鶴は事あるごとに自分はレンタル彼女である、と言うことを強調して行くのだが、明らかにそうした風俗業の範疇 を超えた言行を表面化してしまってからも、彼女は自分の行動はレンタル彼女であるから和也の思うように使われた、ということで正当化を図っているのであ る。
レンタル彼女だろうが、本物の彼女だろうが、良いように〝利用〟されていいという事は無い。もしもそうだとするならば、レンタル彼女としての利用範疇を超えているのだからもう使わないで欲しいと言う事だって出来るはずである。
土壺の原因である和也の祖母・木ノ下和の件も然りで、それはあくまでも言い訳・正当化であって、公私分別というこう言う接客業にとっては多分基本中の基本 であろうルールを、情で破ってしまうと言うところに、千鶴が風俗業に不適正ではないか、という懸念すら出てくるのである。
あくまで少年誌のラブコメであり、主人公側に都合の良い流れになるのは当然だとしても、忘れてはならないのは設定のバックグラウンドである。レンタル彼女 という設定が、木ノ下和也だけのレンタル彼女という風に千鶴を流してしまったら非常に勿体ない。風俗業の看板という割には、全然擦れた感じのない部分が、 千鶴の良さでもあり、また設定上の大きな瑕疵となっているのだ。

▼自らに言い聞かせる、反芻

反芻千鶴はレンタル彼女、広義としての風俗業には少し不向きな女性である事は、物語設定上仕方がないことではあるのだが、彼女が根底にあるその稼業に対する矜恃が更に筋を違って来るというのが実に皮肉で仕方がない。
「楽しかった。楽しかったわ」「これで最後。これで最後よ」など、初期には見せなかった言葉の反芻。言葉の繰り返しが増えてきているのが特徴で、彼女自身 も無意識のうちにそうした現実の行動と不変の矜恃の鬩ぎ合いに懊悩している様子が窺える。そして、和也の元カノ・麻美に対する残心を理解し後押しをしてい るように見せかけて、先述しているように仕事として突き放している感じは殆どない。公私混同を超え、見た目とは違う感情の糜爛を見るようで、ある意味グロ テスクでもある。
と言うのも、そんな感情の鬩ぎ合いや、私情を挟んでしまった麻美との関係を見るに、千鶴にはスクールデイズの西園寺世界のイメージが重なる。元カノとの復 縁を表面上は推しながらも実態は正反対に動いてしまっていること。千鶴の意思では覆せない既成事実が、当の本人により積み重ねられてしまっているというの が、何よりも痛い部分であろう。まあ、さすがに麻美に腹を切り裂かれて惨死すると言う事までは至らないだろうが、千鶴の行動はレンタル彼女という矜恃を基 に正当化されている分だけ、非常に厄介でありエグいのである。
自らに言い聞かせる言葉
前半部分のクライマックスという、二話連続掲載の後半部で、千鶴は気を失っている和也に「ホント馬鹿じゃないの? レンタル彼女だって言ってんじゃん」と叫ぶ場面があるのだが、あの叫びはどう見ても水原千鶴、自分自身に対して叫んでいるとしか思えないのである。
和也に惹かれている。物語の王道的流れからすればおそらく十中八九間違いはないだろうが、彼女もまたそう言う事実、風俗稼業にとって最も忌むべき公私混同から正当化させるためにわざと強調している。或いは強調するしかないのであろう。
いずれにせよ、水原千鶴はレンタル彼女というコンセプトを基にしたラブコメディのメインヒロインでありながら、最もレンタル彼女らしからぬという齟齬があ ることに苛立つ人も多いだろう。それだけの適不適だけを見れば、千鶴よりも麻美の方がレンタル彼女にふさわしいのであるから物語というのは面白い。

デレでしまってはメインヒロインとしての御役御免と言うことになりかねないので、唯一の繋ぎは彼女自身の矜恃と言うことになるだろう。彼女のレンタル彼女としての矜恃一つで、どこまで引っ張ってゆけるか。メインヒロインとしての気概を示すべきである。
実は繊細で脆弱な神経で、彼女をレンタルした多くのユーザー達の中に変な奴がいて、冒頭述べた「みんな知ってる」よろしく水原千鶴の破廉恥極まりないコラ などが出回り、和也が彼女の誇りを取り戻して行く。みたいな展開があったとしたら、レンタル彼女・風俗業冥利に尽きるというものではないだろうか。まあ、 ラブコメだからそう言う展開はないと言うことを承知で言っておく。

何だかんだ言っても、実際に水原千鶴のような女の子が目の前に現れたとしたら、誰もがきれい事を言ってはいられないと思うのだ。彼女も然りだが、和也を攻難することも出来ないくらいだろう。清濁どころか、濁濁とした人間の欲望こそが、一番現実に近いと言う事なのである。