美少女比率が高まり、恋愛色への傾倒が顕著なるも、コンセプトは失われず

早乙女選手、ひたかくす 第5集

▼早乙女選手、ひたかくす 第5集
評価★★★★★

百獣の王・武井壮氏絶賛をオビに、「最も強く最も美しく最もピュアなアスリート女子の魅力に打ちのめされろ」をキャッチフレーズとした第5集。
単行本ベースで、第45話から第59話、本誌基準では、休載を挟み、2017年43号の第46話から2018年9号の第60話を話数調整を受けて掲載されている。
今集も描き下ろし・加筆修正もされている。
注目するべき点は、八重のクラスメイトたち(特進組女子4人)の加入で全体的に美少女比率が高くなってきたという点。また、本来の基軸であるサトルと八重の恋愛の進展における契機にも触れるなど、目立った関係の進展が見られている。ただし、今集には八重の宿敵・佐津川ミヅキ、はんなり女こと若乃真帆の本編登場は確認されていない。
話数調整や幕間的話(早乙女家の日常話など)が交錯しているので、コミックス派と本連載派とでは意見の分かれるところが大きい。
女子比率の上がり方や、学園祭等の学校イベントに影響されて恋愛色も強まっているので本業のボクシングが疎かになってはいないかという懸念もあるかとは思うのだが、サトルと八重が練習という形であれ直接ぶつかり合う場面でフェイドアウトして行くなど、見せ所を失っていない。
基本コンセプトを忠実に実行するという基本姿勢が、水口氏の技量の高さを裏打ちし、根強い人気維持の蓋然性の基となっていることは間違いが無いだろう。

特進四人衆、登場。八重の高校生活を充実させるに足る新キャラ投入

それまでは原則として主人公・サトル、メインヒロイン・八重、彼らを囲むボクシング部の面々と恋愛パートで補佐的役割を担う、紺野美都の存在が基軸であった「早乙女選手、ひたかくす」だが、なかなか進展しないサトルと八重を尻目に、若乃真帆や佐津川ミヅキなど、物語として非恋愛対象系のキャラが続々と投入されて行く。学園ものの必須イベントである学園祭を契機として、八重の所属する特進クラス女子四人が、ガリ勉のイメージを払拭し、何とか男子達にモテたい、という不純な動機で八重を巻き込んで行く。カバー絵の八重のコスチュームから見ても、それがどういったものなのかが予測が付く。

早乙女選手~の特徴は基本軸であるサトルと八重という蚤のカップルによる秘密裏の交際。ボクシングの頂点を目指して、恋人・八重をサポートするサトル。恋人らしいことをしたいがどうも不器用な八重のじれったい恋愛模様が上手い具合にグラデーションされて、ゆっくりとながらも形として醸成されて行く過程が魅力的なのである。
そういう中で、八重に絡むクラスメイトの特進組女子たちは、恋愛に対しては不器用ながらも八重というキャラクタを側面から引き立てる効果としては実に絶妙で、自らを「非モテ」設定として恋人達のイベントに反駁している様子がどことなく共感を呼ぶ。阿久比たちはそれぞれ素地が美少女なのだが、自らも、そして他の男子生徒達からもそれに気がつかず、どうやったらモテるのだろうかとファッション誌などを持ち出したりするところが面白い。「非モテ」というのはこう言うことを指すのである。

美少女比率が高まって、なお八重一筋に弾みがつくサトル

八重は第1話から実に積極果敢である。サトルに告白し、一度断られるとどん底まで落ち込み、然もサトルが悪人然とした雰囲気となり、サトルも八重を嫌っていないという理由から交際を後押しされて行く。アスリートがすべてそうと限らないのだろうが、八重は押しが強く、自らの意思にそぐわないと暗黙に落ち込む。サトルを自らの領域に踏み入れさせることを、サトル自身も解って半ば強制的なものである。
普通ならば、こう言う筋肉アスリートの美少女恋人を持てば、蚤のカップルと揶揄される以上に、尻に敷かれると言われそうではあるが、サトルはサトルでしっかりと一線を保ち、八重との距離感を大切に維持している。冒頭、八重に抱きしめられたサトルは、「君に相応しい男となってから」と、プラトニックな恋人関係の維持を望んだ。
まあ、それが八重にとって更なる進化の原動力となるか、折角の未知なる力の開花のチャンスを先延ばしにしたのかはわからない。ただ、冒頭で八重の密着を嬉しく思いながらも、彼女を精神的により強く支えたいという気持ちの伝播は、美少女比率が更に高まったことで、サトル自身の心の移ろいの危険性を摘み取った、という意味において効果的な演出であった事は間違いが無い。
この作品の魅力は、サトルには八重、というカップリング以外にあり得ない、固定観念が上手く作用していることにある。今集、出番はなかったが、佐津川ミヅキや、はんなり女若乃真帆も、恋愛枠と言うよりも、純粋な早乙女八重のアスリートとしての宿敵という立位置に特化していてサトルとの色恋沙汰には成りにくい相関図を完成させた。水口氏の舵取りの巧さが際立っている。

そして、物語は、サトルと八重のファーストコンタクト、忘却の彼方に蔵われた記憶を辿る核心部分に至る。次巻以降も目が離せないことは必定だ。