北魏霊太后の生まれ変わりかと思わせる毒母の典型、長部静一を精神的強束縛さす

血の轍 第3集

▼血の轍 第3集
押見 修造氏 / 評価★★★★★

「惡の華」のその先へと謳っていた押見流。前作・惡の華の主人公・春日高男、メインヒロイン・仲村佐和の想いを一身に受け継いだ存在が、主人公・静一の母・静子である事が示唆される展開を待っているのだが、何故そうなのかまではまだ明瞭に明かされていない。
しかし、「溺愛」している筈の主人公・静一に、母親たる静子は更なる強い言葉で彼を締め付けようとしている。実に単純な言葉だとは思うのだが、それが何なのかは、ここでは言わないでおこう。本編本誌を読み進めた上で読解して行く事である。

サブヒロインである、吹石由衣子。惡の華の仲村佐和の転生とも言って過言ではない美少女が、ゆっくりとじわりと静一に迫って行くのも読み進めていて男心を擽ってやまない。
今巻のキーポイントは、静一の急性吃音障害。メンタルな部分が現実として私と重なる部分もあると思うので非常に共感できる。星評価は文句なしの5。


良心の呵責に耐えきれず、吃音障碍に堕ちる静一、しかし……

狂った精神は幸いにも主人公・静一には至っていなかった。精神的抑圧が行き過ぎて吃音障碍を来す。心療内科に通院するべき案件だ。だが、静子はそんな静一の様子を気にしているように見えない。と言うか、気にしていない。恐ろしくサイコパスの片鱗を見ることが出来る。
彼女と夫・一郎との喧嘩を偶然聞いてしまった静一は、静子の注ぐ「愛情」が全て虚飾であり、自己愛に比したものであるというように感じて行く。
従兄弟・しげるの見舞いに行こうとしない静子、しげる転落の顛末をトラウマ的に脳裏、心理深く刻み込まれた静一の救いは一体何なのか。

確かに、惡の華よりもそれは深く重いテーマとなって展開している。ぶっちゃけて言うが、静一の愛する美人母・静子は、殺人未遂を犯した犯罪者であり、それを全く知らず、彼女の状況説明を鵜呑みにしたしげるの母親の慚愧やるせない様子に、静一が堰を切ったように号泣する場面が非常に印象深い。
押見氏の作品は何故か心を抉る。「孝行したいときに親はなし」というような諺よろしく、静一は正義と母・静子を失いたくはないという葛藤も苛まれているのだろう。

静子は、虚飾に満ちた愛で静一に接するも本質は彼を支配下に置くための精神的奴隷として在り続けようと図っている。静一の吃音障碍は、それに伴う症状の具現化なのだろうが、おそらく静子は感じてはいながら彼を病院に連れて行こうとはしない。一応、罪の意識はあるのだから質が悪い。

私は多分、設定上の長部静子と歳が近いと思う。彼女はきっと真面目で、人当たりも良く、美人と持て囃されてきただろう。人は結果として見かけが全てだと思っている中で、静子はまさに能っている。それでも、夫である一郎に対する不満。惡の華の仲村家の様相をリフレインする中で、転生してきた意味は非常に重い気さえするのだ。

静子の精神疾患、それを識りてなお、吹石由衣子との関係に惑う主人公

静子が何故、精神疾患となったのか、経緯が説明されていない現状、何とも評価は出来ない。人生相談の加藤諦三先生、大原敬子先生の最強コンビに諮らなければ道すら見出すことが困難な情勢だが、私は年齢的にも差異がない静子を救ってあげたい気がある。若い読者達は、多分、静一は吹石由衣子との結実を望むことが多いだろうが、私はあえて道を踏み外した静子に力となり得たい気持ちの方が大きい。
しげるを突き落とした殺人未遂という大罪。既に失うものはない、私ならば静子を受け止めてあげられる自信はある。周囲をくまなく見つめ、塵粒ひとつでも捨てるのが勿体ないと思っているような人には、静子は狂気の毒婦・毒親と映るだろう。
だが、私は静子の思いを受け止めたい気持ちの方が大きい。現実として現れ、私と話をしてみたい。それくらいである。
吹石由衣子と静一は、生ぬるいラブコメディ然。本気ならば、覚悟を示せ。惡の華の先と謳われた作品だ。皆、春日・仲村・佐伯の転生に見える私に、1つの道を示して欲しいものだと思っている。