木ノ下和也、苦肉を以て水原の正体を水際で押し留め、ルカ、大いに七海麻美に引導を渡す

彼女、お借りします 第9巻

▼彼女、お借りします 第9巻
宮島 礼吏 著/評価★★★★

第68話~第76話を収録。
幕間的な桜沢墨パートから始まり、和也の知己には絶対にバレてはならない水原千鶴との仮想恋愛関係が暴かれそうな合コン・飲み会のイベントに遭遇する千鶴。千鶴の正体を懸命に覆い隠そうとする和也の無茶に千鶴は内面、益々惹かれて行く事になる。
しかし、「レンタル彼女」という職業、また女優への夢を棄てきれない千鶴は、それを解ってくれている和也の渾身の庇い立てに、目を細めて行く。一方で、和也の〝正恋人〟を主張して止まない更科瑠夏は、和也の元カノ・七海麻美に食ってかかる。気圧される麻美。ただでは退かないダークな表情を残して、新なる波瀾へと……。とまあ、こんな感じの流れが収録されている。

確かに、主人公・和也の千鶴に対する気遣いは常軌を逸し、また千鶴も「レンタル彼女」としてのマニュアル・矜恃を意識しているのかどうかが極めて不安になる。和也の優遊不断ぶり(相手は曲がり形にも仕事としての風俗業)に批判が集まるが、和也はいずれにも現状、手を出していない。プラトニックな意味でギリギリの理性を保っている。レンタル彼女であり、あくまで〝仕事〟としてやっている「水原千鶴」に、何故そこまで拘るのか。衷心から和也を「愛している」ルカを、何故煙たがるのか。和也自身も、千鶴・ルカ、そして麻美や墨などの心理的ハーレムを形成し、自身大いに懊悩している様子が窺えるのである。

ボーダーライン的な役回りを演じる桜沢墨

桜沢墨というキャラクタは、ヒロインの一端を担えるキャラクタ性を持っているが、この作品に於いては幕間的な場面での活躍に徹し、木ノ下和也を廻る恋愛暗闘には参戦しているようには見えない。と、言う事はつまり穢れなきヒロインという意味で、負けヒロインの最も理想的な体裁ではなかろうか、と思うのである。
第9巻では、今更ながら大学生「一ノ瀬ちづる」が木ノ下和也の〝彼女〟である「水原千鶴」であると言うことがバレそうになって和也が身体を張って千鶴の正体暴露を防ぐことになるのだが、それでも千鶴は和也に引き寄せられる想いを意識的に抑え込んでいる。
片や和也の〝准彼女〟となった更科瑠夏の暴走は和也も、とばっちりを受けることになった七海麻美もドン引く有様。想いが余って「貴方は終わった人!」と叫んでしまうところに、正鵠を射ると同時に、ルカのヤンデレ性、負けヒロインの悲愴度を更に上げることになる結果となって行く。

それに比較すれば、桜沢墨は非常に安定性を持った立位置として存在する。和也に恋愛的な想いを寄せているかどうかも明瞭とせず、しかしながら乱麻と化した千鶴・ルカ、各家の相関関係を一旦解す、という意味での休息感。場面切り替えのための癒やしとして、レンタル彼女というタイトルコンセプトを最も色濃く蹈襲したキャラとして在るところに彼女の存在は必要不可欠なのであろう。
第9巻では冒頭の出演で終わるが、彼女の存在が無ければ、殺伐とした息苦しい展開のラブコメ(?)として、ここまで続いていたのかどうかすら解らないのである。