原作では比較的能弁な青山霜介、繕った優しい表情に隠された悲しみと彼を見つめ続ける千瑛

線は、僕を描く 第1巻

▼線は、僕を描く 第1巻


原作・水墨画監修:砥上 裕將 / 作画:堀内 厚徳
評価★★★★★

アトモスフィアイメージソング / 『プラトニック』 作詞・多夢星人 作曲・堀内孝雄 歌・堀内孝雄


砥上裕將氏原作の小説のコミカライズ。水墨の芸術に触れ、絶望の底から成長してゆく一人の少年・青山霜介の物語。
第1話~第5話。青山霜介と水墨画の権威・篠田湖山の出会いから、ヒロイン・篠田千瑛との邂逅。そして、水墨に惹かれてゆくうちに知る、霜介の内面に千瑛は……という話。
雑誌本編では湖山と双璧の画匠の元に向かう直前までを収録。
原作小説との違いは、まず霜介が能弁ではない、という点と千瑛との関係が小説版よりも近くなっている。原作ではなかった「敬語は使わないで」と、千瑛という「呼び捨て」が二人の関係を表現している。距離感は小説よりも近いが恋愛色はない。初連載に触発されて小説版を購入し、一気読破してしまったほど惹かれる作風。
堀内厚徳氏のイメージが原作小説を読破させたことは紛れもない。
良い点は、言うまでもなく堀内氏の筆致。キャラクタ同士の掛け合いもそこはかとなくまったりとしたもので嫌みがない。こういう作品にありがちな主人公・ヒロインの恋愛色がほぼないというのも、恋愛系が苦手な読者も読みやすい。
悪い点は、芸術系作品なので、「やっとう」がなく、物語の抑揚がない。水墨に興味が全くない読者からすればスルーされる題材である上に、芸術系作品が好きという人の間でも、無味乾燥とも受け取れるかもしれない。
しかし、私も一向に興味はなかったが、本誌第一話でそのコンセプト・キャラクタの掛け合いが琴線に触れ、小説版も買ったほどなので、お勧めである。評価は勿論、★5。

原作のカバー絵とはイメージが変わった、繊細優雅の青年・青山霜介、その異才の片鱗を見出す篠田湖山

2019年第29号から連載が始まった「水墨画」をテーマとした青春小説のコミカライズと言うことで、かくいう偏狭な私、鷹岑がその第一話に惹き込まれて殆ど買うことのなかった原作小説を買って読む。と言うほどに嵌まった作品の漫画単行本第1巻である。青山霜介漫画を読んでから原作小説を買ったので、原作小説の青山霜介の方が、比較的能弁である。彼のモノローグ町で話は進んでゆくのも然りだが、台詞も多く、ただ唯一漫画版と違うのは、ヒロイン・篠田千瑛との距離感である。
また、小説版とはキャラクタ同士の出会いや掛け合いが若干違っているので、作画・堀内氏はオリジナルな部分も含めて、小説版を更に昇華させたものを目指しているのではないだろうかと思うのである。

友人・古前に頼まれたイベント設営の日雇いアルバイト。小説版では詳らかに労務に勤しむ霜介の姿が描かれていたが、漫画版第1話は、そのバイトが終わり、水墨の権威・篠田湖山と運命的な邂逅から始まる。
巨匠・湖山の目に、疲労感溢れる霜介の表情に何を見たのか。来賓用に用意された名門レストラン・日暮屋の仕出し弁当を湖山の独断で食す場面はほくそ笑んでしまうほどだった。それは、原作小説にも通じる。
悲哀を映し、日暮らしを送る霜介。その内なる水墨の大器を湖山が一瞬にして見抜いた、というのは余りにもお約束であるが、そうではない。水墨の良さ、自然と一体化して描かれる黒白の芸術に、湖山は霜介の悲しみを癒やせる何かを見出したのだろう。展覧会に展示される水墨画。空白に風を観、薔薇の画に、その黒が深紅に見え、絶世の美女が描いたと感じる霜介。湖山は彼に並々ならぬ大器を確信した。龐徳公が、諸葛亮を「臥龍」と称したように、湖山は霜介を天翔る龍の雛、蛟龍と断じたのだろうか。

霜介はその部屋に否定するほど真っ白く純白な青年だった。湖山、そして千瑛との出逢いが、彼を天翔る龍へと成長させる契機となった。原作では見られない、前髪の長い男の子。水墨に向かうときはゴムで纏め、筆を執る。彼が評した、猫のように鋭い眼光で霜介を見ていた千瑛も、余りの純朴さにそばだつ毛も萎え、霜介に「敬語じゃない方がいいわ」と、距離を縮めることを言い、霜介も素直に彼女の名前を「千瑛」と呼び捨てにする。霜介は、直感で鋭い者を見抜く才を秘めている。千瑛も悪い気はしない。第1巻を読んでいて、益々、青山霜介の奥の深さを実感せずにはいられなかった。

篠田千瑛、ヒロインでありながら原作同様、異性としての恋愛感情を抱かずも、霜介を姉弟弟子として見つめ続ける

メインヒロイン・篠田千瑛は原作では霜介を湖山賞争奪の好敵手として認めつつも、その際限なき資質の高さを見て応援、更に彼に寄り添うような姿勢を見せるなど、決して狭量ではなく、湖山賞をがむしゃらに目指す、アスリートの少女然が描かれていた。篠田千瑛
漫画版では小説版よりも、彼女自らが霜介との距離を近くしようとする場面が印象的だ。
日暮屋の仕出し弁当を霜介が食べてしまったことを責め気味に笑い流し、「今度、食事でも奢るよ」と自然に言う霜介に「日暮屋さんは高価いわよ?」と返す。「お金なら大丈夫」
この日暮屋の仕出弁当は原作でも、霜介と千瑛をつなぐ合鍵として終始した。
学園祭に向けて、「揮毫会」を提唱する千瑛。それを契機に、LINEと携帯電話番号を交換する二人。さりげないやり取りが、ラブコメディだったらと思うと、実に一瞬だ。同時期連載の「彼女、お借りします(宮島礼吏氏)」を引き合いに出してみれば判る。下心のある場合と、全くない場合との時間の落差は実に激しいものであろう。

「敬語じゃない方がいいわ」

これは漫画版オリジナル。これが二人の距離感をより縮めたのだなと鷹岑は思った。それに応えるかのように、霜介は、原作では終始なかった、千瑛を呼び捨てにする、というキャラクタに転じたのである。千瑛も「それが自然よ」というが、呼び捨ては果たして自然なのかという話に穿った見方をしてしまいそうだ。
この作品に恋愛色も、お色気も一切ない。堀内氏の筆致もさながら、絶世の美女・千瑛にそうしたエロティシズムな要素は全くないのである。読み進めていても、千瑛にエロさを求めようとは全く思わない。
ただ、水墨という芸術に賭ける思い。青山霜介という鬼才の出現。第1巻では未登場の某画師との関係など、千瑛の魅力はまさに堀内孝雄が歌う、プラトニックなのである。
第1巻巻末、千瑛は「私は青山君のことを何も知らない……」と茫然自失としてしまうのだが、それは必ず、千瑛自身の成長に寄与していると言えるだろう。
千瑛が霜介を姉弟弟子として認めるまでは判ったが、異性としてどう思っているのか、堀内氏の今後の展開に期待を寄せよう。