毒母とメンヘラ系美少女に翻弄されながら、小銭で繋がる赤貧の少年と、噂の売春女子高生が紡ぐ波瀾の恋物語

バイ・スプリング 第1集

▼バイ・スプリング 第1集

原作・ゆずき暎 / 漫画・林 マキ
評価★★★★★

作画の林マキ氏はボーイズラブ系の作品も手がけた奇才。
ビッグコミックスペリオール2019年22号から連載が始まった恋愛漫画。1話から2020年3号の第6話までを掲載、巻末書き下ろしは乃木春と高崎ゆり両翼ヒロインのデート構図絵。
シングルマザーの家庭で生まれた主人公・三浦惣太は14歳の中学1年生。スナック勤務の母の芙美と共に暮らしているが極貧生活で小遣いはなく、携帯電話も持たされない。そのため内気だが優しく、母には従順。入学式の時に足を痛めていた高崎ゆりに絆創膏を1枚手渡した切っ掛けで高崎に淡い想いを寄せる。
春日橋の下で格安のウリをしている女子高生がいると言う噂を聞いた惣太は、ある日の夕方春日橋の土手を自転車で通りかかる。そこで目にしたのは、気懈そうに午睡をむさぼり、五月蠅そうな眼差しで惣太を睨む、金髪の女子高生だった。

母・芙美はスナック勤務の傍らで男に身を売るも、売春に嫌悪感を抱く歪な性格。極度の守銭奴であり、息子・惣太を異常なほど束縛したがる毒母。一方、学校のヒロインと持て囃される美少女・高崎ゆりは、入学式時の絆創膏の一件からぼっち・陰キャである惣太を気に掛けるも、やがてその想いは強い執着心として歪んでゆく、メンヘラ系。
清純で優しい陰キャ・三浦惣太と、24円の出逢いから惣太との繋がりに安らぎを感じる謎の女子高生。それは恋なのか、憧憬なのか。複雑かつドロドロとした関係が齎す結末はどのようなものなのか、始まったばかりである。
スペリオールで連載されている、押見修造氏「血の轍」「惡の華」とのオーバーラップが見受けられるが、主人公の境遇からすれば、惣太の方が遙かに不幸感は強い。

清純健康な中学生、小遣い・スマホを持たせてくれない赤貧の生活は、毒母・芙美に雁字搦めにされる

三浦惣太押見修造氏の『血の轍』を読んでていて、何気にページをめくっていたらその筆致がツボにはまった漫画に目が留まった。タイトルは「バイ・スプリング」売春のまんま直訳だ。作者のゆずき暎氏、林マキ氏はいずれもボーイズラブ系で活躍していたと言うことで、ホリデイラブ~夫婦間恋愛~の原作者・こやまゆかり氏、作画・草壁エリザ氏と同じく青年誌での連載と言うことになったとされる。

ボーイズラブ系作家と言うこともあってか、主人公・三浦惣太は陰キャとは言いながらも中性的な美少年に描かれ。春日高男や長部静一と比較すればそりゃあ構いたくなるような美少年である。
母・芙美には絶対従順(と言うよりも逆らえない)という点は長部静一とリンクしているが、その芙美からはお小遣いも、携帯電話すら持たせてくれないという、溺愛してるのか虐待しているのか、全く判らない実に可哀想な主人公である。500円玉すらめったに触れないから指で感触を確かめたり、小遊三師匠よろしく自動販売機の下を漁ったりと、令和の御代になって襤褸衣を着ない賤民の少年に胸が苦しくなってくる。
清純とは言っても普通の思春期の少年。エロ本を拾ってきてはそれを隠し、自慰行為をするなど、スマホ一台あれば…とついつい買ってあげたくなっちゃ……わないけど(汗)
そんな惣太に、春日橋の売春女子高生の噂が囁かれた。格安で誰とでも寝る。夏の夜に街路灯に惹き寄せられる虫たちのように、惣太は春日橋に向かう。アンニュイな様子で惰眠を貪る、スタイルの良いギャル風女子高生。惣太の姿に気がつき、睨むはまるで警戒する野良猫の如し。噂の話を知ってか知らずか、女子高生ギャルは惣太にお金を要求した。全財産24円。それがツボにはまったか、ギャルは惣太を気に入って24円分、買われてあげると言い、頭を撫でた。24円のサービスだという。惣太の胸に芽生える感情。お小遣いもない、でもお金が繋ぐそのギャルとの関係。やがて、惣太の変化に気がついた母・芙美は訝しがり、惣太の束縛に力を強めてゆく。偶然、そのギャルと2人でいたところを目撃してしまった高崎ゆりは、二人の仲の良さげな光景に嫉妬を滾らせ、惣太への想いを歪んだ形で顕してゆく。

まあ、美しいギャル系女子高生・乃木 春と出逢わなければ、ただただ悲惨。母親は立派にスマホを持っているのに、息子には高価いから我慢しろ。売春に関して「お金で女を買うのは、馬鹿な男のすることだ」と激しい嫌悪を持ちながら、自らは売春をしている。あんたどっちやねん! とツッコみたくなるような歪さ。高崎ゆりは清楚系美少女で、絆創膏を呉れたと言うだけで惣太を気に掛けている様だが、どうも恋心という感覚ではなく、惣太を自分の所有物のように思っている節がある。こんな2人に囲まれていたとするならば、惣太の自己崩壊は時間の問題だったのだ。

自らの価値観を惣太に押し付け、違いを認めない清楚系メンヘラ美少女・高崎ゆり

高崎ゆり惡の華の仲村佐和・佐伯奈々子、血の轍の吹石由衣子などよりも恐ろしいメンヘラ系美少女がここにある。
学校のヒロインとして皆から人気がある美少女・高崎ゆりだ。入学式の際に新しいローファーの靴擦れに悩む彼女に絆創膏を呉れた同じ新入生の少年。それが極貧家庭と噂されていた三浦惣太だった。
たった、その何気ない事が、高崎ゆりの心を捉えた。

高崎ゆり「この男の子、使えそう…」

おそらく、そうだろう。恋心ではなく、自らの支配下に置くための手駒だ。惣太は顔も可愛いし、ぼっちだし。私が見てあげなければ。
そうでなければ、極貧家庭のぼっち少年にお嬢様が近付くだろうか。春日橋の土手で偶然見かけた、惣太と噂の売春女子高生。2人の関係を許せないと高崎ゆりは思った。自分に絆創膏を呉れた、貧乏家庭の可哀想な男の子が、売春女子高生なんかと仲よさそうにしているのが許せない。「なんか嫌」という台詞が既に惣太に対する独占・支配欲の発露と言える。そして自分の考えを惣太に押し付ける。噂の女を悪い人として、惣太が彼女と関わるのを止めてくれて良かった。と、惣太は返す。

三浦惣太「(売春は)悪いことだけど、(彼女は)悪い人じゃないよ」

多分、その言葉の理解と言うよりも、自分の考えに毅然と違うと反抗されたことに、高崎ゆりは激昂したのだろう。血相を変えて飛び出し、惣太の名前は出さなくても、春日橋の売春女子高生の噂は本当だ。この学校にも買った子いるもの! と暴露してしまう。メンヘラ系かヤンデレか。恋ではない、ただただ惣太を支配したいこのメンヘラ系美少女。
あたしゃ嫌だよ。そのうちエスカレートして惣太を刺しそうな勢いだ。というか、惣太の心が、彼女(乃木春)に傾いてゆく度に、その清楚な仮面の下に沸々と湧きだつ般若の素顔が出てくるだろう。ああ、絆創膏さえなければ……なあ、赤城徳彦さん(古!)

「男は誠実でなきゃ」「女を金で買うのは馬鹿な男のする事」~歪んだ思考と惣太への愛情が毒母と化してゆく

三浦芙美惣太の母でシングルマザー。女手一つで惣太を養う……って聞けばカッコいいのだが、不誠実な男に対して極めて嫌悪感を持っているので、別れた夫が何か重大な事をしでかしたことくらいは判るが、中学生の惣太に最低限の小遣いも無ければ、携帯電話も買ってあげない。自分はしっかりとスマホを持って色々としているのに、惣太を何かと束縛してゆく。売春を嫌悪しているのに、自らが出会い系を利用して男に身を売っている。更に守銭奴と来たからにはもう、そりゃあ三浦の家に良い噂が立つわけもない。

過去にどんな悲惨な男性経験(元夫含めて)があったかは識らないが、惣太に自由を与えないのは既に束縛の域を超え、虐待・毒親の色合いが強い。「血の轍」の長部静子と同誌で併行連載されているが、静子よりも芙美の方が毒性は高い。
芙美もまた、男は誠実でなければならない。としながらも自らの所業に悪びれたそぶりはない、一種のサイコパスであり、いずれ惣太にその売春活動がバレる日が来るとき、ギリギリ保っていた三浦母子の関係は崩壊してゆくことになるのだろう。
また、芙美に懸想(と言うよりもその肉体が目的なだけの)する初回から登場のマトバというスーパーの店主(芙美が勤務するスナックの常連)もいかにもという感じの男ばかりで、そういう所がさすが女性作家から見たクズ野郎のテンプレートであるとも言える。

いずれにしろ、「血の轍」とはまた違ったラブサスペンスもの(?)である事は間違いが無い。普段あまり目を通さない雑誌だからと言って見くびっていてはダメだと言うことだ。