「ご主人様」呼称奉仕を昇華した塩対応メイド、尊さを以て飛躍する

メイドの岸さん 第1巻▼メイドの岸さん 第1巻

評価★★★★★ / 柏木 香乃

マガジンポケットに連載されているために第1話~第11話準拠と収録話としては比較的長い。本邦随一の財閥である早瀬家の御曹司・貴一朗と、その世話係専属メイドの〝岸さん〟が紡ぐ、ラブ(?)コメディ。仕草の一つ一つが不慮の事故として反ってくる体質のポンコツ御曹司・貴一朗と、それを補完し、メイドらしく居住まいを正し、体裁を保ってくれる天才メイド・岸さん。是までの「お帰りなさいませ、ご主人様」といった奉仕系メイドの飽和状態から脱却した、塩対応メイドという新境地を開拓した、作者・柏木香乃氏の高いストーリーセンスと、女性誌でも通用できる中性的なキャラクター相関が読者の「尊さ感」を増長して已まない構成となっている。メインヒロインの「岸さん」は言葉数は少ないが、その仕草・精微な表情一つで百言を表しているのだから素晴らしい。
近年、ブームが過ぎ去って久しい〝メイド〟属性の中興の祖としての期待が高まる一冊である。


「花右京メイド隊」とは180度転換した、尊き美少女メイドとの両輪

「お帰りなさいませ、ご主人様!」 というセリフがデフォルトだった00年代。小山力也氏が演じた、「仮面のメイドガイ」など、主君や主人に仕えるメイドという職業を主眼とした恋愛系作品も自然に下火となって久しいが、週刊少年マガジン本誌の衛星媒体である「マガジンポケット」において、新進気鋭の柏木香乃氏による「メイドの岸さん」というタイトルが発表されたのは、正直記憶にあまりない。メイドネタというものに飽和状態というか、使い古されたネタの再掘かという程度に捉えていたというのが正直な話だ。

ところが、連載早々、このメイドは「お帰りなさいませ、ご主人様♥」などといった飽和状態のセリフは言わず、むしろ、何も言わない。現代の女子達のように、或いは半グレのような口調で「あー…そうスね」と淡泊に対する。本邦萌え系漫画史に燦然と名を刻むことになるかも知れない、主人に仕えながら、その主人に塩対応をするメイド。
いままで気がつかなかったジャンルだ。もりしげ氏が一大勢力を張った、ミレニアム期の「花右京メイド隊」とは正反対の構図だからである。

主人公・早瀬貴一朗は、チートな能力を要しながら、人間として遍く等しい生活力に対してはポンコツ。彼がしでかす不慮の事態を迅速に処理するという設定で、岸さんというメインヒロインを設定した。これは、紛れもなく非常に斬新な設定だ。

少女漫画系少年漫画

本作は極めて少女漫画系に近い少年漫画。と言った方が良いだろうか。岸さんを主人公にするか、貴一朗を主人公にするかで少女・少年系へのスイッチングが可能な内容である。作画が少女漫画系であり、キャラクタ性も比較的男性向けというのには語弊がある。主人公・早瀬貴一朗の性格付けは少女漫画然としているが、完璧イケメン然と変えてみれば少女漫画そのものになるのである。岸さんはクール&クールという設定で男性向きだが、作中キャラの「ゆいぽむ」の性格付けをしてみれば一気に少女漫画となる。こうした少年漫画と少女漫画の境界線上にある設定が、この漫画が厚く支持されている部分であることはあながち間違っては居ないだろう。
そして、描き下ろされた漫画は少し未来の話として、岸さんを過去形で語り合うメイド達の姿が映し出されている。山本崇一朗氏やナナシ氏などのラブコメでも、将来を描いた場面があるが多分、それに比定されるのだろうと考えている。